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2011年1月21日 (金)

【マクロ経済(2/4)】日本は既に十分“小さな政府”

 続きです。

=====≪quote≫
> ①日本の小さい政府に関して
>
> データで裏付けされた、日本政府が既に小さい政府であるとの
> お話はかなり意外でした。
> 実際、直感的に感じる人員の多さ(あくまで、頭数として)、
> 公共サービスの充実ぶりを見ると日本の政府がアメリカなどの欧米先進国より
> 小さいという事実には疑問があります。

⇒ 専門家か、もしくは特別な関心でも抱かない限り、私たちの多くは、実質マスコミ情報と、主流派経済学が支配する大学レベルまでの教育しか受けませんので、意外に感じるのが普通だと思います。

> 地方などでは、定年後の再雇用(期間雇用)や福祉の現場でのアルバイトスタッフ
> などが多いのも事実ではないでしょうか。また、各種の独立行政法人や
> 民間への天下り人員など、半官半民のような立場の人間が多いのも
> 特徴に思います。

⇒ きっとそうでしょうね。
 ただ下述の①「人口千人あたりの各国 公的部門職員数」の統計では、“天下り”の国際比較の中での定義が不明瞭ではありますが、日本の場合、郵政公社や学校関連なども含まれているようです。

> そう考えると、”正規の”公務員一人当たりと考えるのは多少不適切のように思います。
> 実際、公務員の一部部門の非効率さを聞くと疑問を感じます。
> (公務員一家の話や、現場の感覚を
聞いていると、特定の職員への
> 過度の職務集中があり、人手が足らないのも事実ですが・・・。)
> ただ、やはり現状の政府部門の実態と統計上の数字に乖離を感じてしまいます。
> この辺り、他国の状況などはどのような状況なのでしょうか。

⇒ 中国を例に出すまでもなく、日本政府の統計ですら、こと「失業率」などのデータは、政府の政策の失敗を露見させたくない、ある種の意思が感じられま す。「失業率」のみならず、①「人口千人あたりの各国 公的部門職員数」などのデータも、下述の通り、過小評価したくなるインセンティブが当局には働きやすい でしょう。

◆同①「人口千人あたりの各国 公的部門職員数」:
 「日本38.2人 < ドイツ61.3人 < 英国67.1人 < 米国71.9人 < フランス96.7米国」

 (出所:2003年の日本IOL協会資料)

 従って、ご指摘のことは、もっともなことだと思います。

 ただこの統計データが怪しいからと言って、「日本は必ずしも大きな政府ではない」ことを否定できないと思います。勉強会では、①「人口千人あたりの各国 公的部門職員数」に加え、②「GDPにおける財政歳出額の割合(2008年)」、③「名目GDPにおける財政歳出額の年次変化割合(1997年を100と した場合の2008年時点の増分)」の3つを取り上げました。

◆同②「GDPにおける財政歳出額の割合(2008年)」:
 「日本37% < 米国39% < 独44% <英48% < 仏53%」


◆同③「名目GDPにおける財政歳出額の年次変化割合(1997年を100と した場合の2008年時点の増分)」:
 「日本120 < 独153 < 米187 <仏195 < 英230」

 これらのデータを見る限り、明らかに「日本は十分過ぎるくらい小さな政府」なのです。

 この傾向・状況を指すものには、他に例えば、④「小泉政権誕生の2001年度~08年度の8年間で、地方交付税・交付金および公共投資額の総計がやり方60兆円削減」されている、といったデータを示すことができます。勉強会の資料の通りです。

 「公務員部門の非効率さ」についても、特に民間部門と比べれば、きっと疑問の通りでしょう。異論ありません。
 ただ、ここでは国際比較を行っているのですから、比べるべきは、海外との務員部門になりますね。
 例えば、ここでは代表選手に、フランスやイタリアあるいはスペインのようなラテン諸国のエース級を挙げれば、さすがの日の丸親方連合も敵わないのではないでしょうか。(^-^)

 ラテン諸国のエース級との比較では、相手としてフェアではないとの感想を持つでしょう。それゆえ、食べること(料理)やアバンチュールに殆ど関心がないのではないかと思ってしまう、生真面目なアングロサクソンの英米を例に挙げることもできます。

 まさに、リバタリアン思想に影響を受けたサッチャーが、手を焼いたのが、そのアングロサクソンの、労働党が政治支配する英国だったわけです。
 その他、例えば、労働組合や基幹産業 であるテレコム主要企業(当時は公共企業体)や鉄道系やユーティリティ系(電気・ガス)などは比べるまでもなく非効率の象徴でした。

 また、米国ではかつてのAT&T社(民間会社)から分離・分割後の今のVerizon社など、そして、ドイツでは公共事業体から民営化後のドイチェ・テレコム 社などを比べると、日本のNTTなどよりも、人員を多く抱えた巨大な独占的な市場支配力をもっています。

 総じて、効率面で日本の公的部門が、甚だしく劣るということはありません。むしろ、日本の方が、効率的ですし、小さな組織になっている実態があろうかと思います。
=====≪unquote≫

 続きます。

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