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2011年1月

2011年1月26日 (水)

【財政】増税と緊縮財政のキャンペーンがまた始った

 毎年今頃(1月)になると、緊縮財政のキャンペーンが始ります。どこかの府省の出世基準には、①増税、②プライマリー・バランス財政規律の実現というものがあるらしい。小耳に挟んだ程度のことですので、確証がある訳ではありません。
 しかし、「なるほど」と感じられないこともないかなと思います。

 この記事によれば、「税と社会保障の一体改革」や「改革を実現」とは、①増税のことを意味しているのでしょう。特に消費税増税。同時に法人税減税とのセットで。

 当blogでは以前にも書きましたが、国税(=所得税+法人税+消費税)に占める消費税の割合は、既に23%(2008年度)に達し、欧州先進国のそれ(英国27%台、スウェーデン29%)と遜色ありません。
 このことを国民の多くは知らないのでしょう。欧米では、非課税または軽減税率項目が多いためです。例えば、教育医療、住宅取得、食料品・医療品、新聞・書籍の一部など。国民にとっての生活必需項目は、消費税(欧米では付加価値税)が非課税や無税になっているのです。海外で生活したことのある人は分かっていることです。

 にもかかわらず、政府もマスコミもこのことは報道しません。最近、経済同友会が発表した、消費税率を17%などに上げれば、消費者の購買力はさらに失われ、経済失速・デフレ固定化は必至となりましょう。

 「社会保障」にあっても、日本の場合、年金給付(基礎年金含む現役時の収入の60%水準)のための「厚生年金」の積立金は、66か月(5.5年分)の190兆円超もあります。
 賦課方式か積立金方式かの制度上の違いがありますので、単純な比較はできませんが、敢えて比較すれば、同積立金は英国で1.2か月分、ドイツで1.0か月分です。いかにわが国の積立金が膨大であるかが分かるというものです。

 これだけの積立金があれば、これを原資にした国債(赤字国債)を発行することで、財源確保もでき、この新たな政府支出を通じた日本経済の建て直しも十分可能なはずです。年金官僚による無駄遣いがなされている実態があるのでしたら、このような「国民生活を重視」する真に有効かつ正しい政策を推進すべきでしょう。

 さらに、「国債発行に過度に依存した財政運営」とありますが、負債デフレ(バランスシート不況)にあっては、経済主体(政府、家計、一般企業、金融機関、NGOなど)のうち「政府」以外がお金を使うこと(投資)ができないのです。マクロで見ると、一般企業と金融機関が資金循環でプラス、海外分(経常収支)が黒字で、全体として貯蓄過多の状態です。これがデフレの真因です。

 2005年以降いまやキャッシュフローが潤沢でお金が余っていても一般企業が、国内に有望な投資案件を見出せないため投資をしません(できません)。ROIなどの指標に目を光らせているアナリストらや株主に説明ができないため、投資インセンティブがありません。

 従って、銀行(金融機関)は、家計から預かった膨大な預金が逆ザヤにならないよう企業に貸し出したくとも、お金を借りてくれません。
 家計は将来の生活が不安なため、貯蓄に励み、なかなか貯蓄を切り崩そうとはしません(消費しません)。

 他方、企業は外需を頼りに海外進出に積極的になり、その製品力(技術力)が依然強いため、海外収支としては貿易黒字を積み増し、結果「円高」となり、自身の首を締めることを繰り返しています。円高の根本要因は、経常収支の累積的な黒字です。これを解消するためには、内需中心の経済発展政策に切り替えることがポイントです。

 このような負のデフレ・スパイラル状況(資金循環がプラス、即ちお金が経済に回らず貯蓄過多になっている状況)にあって、唯一日本経済に資金を供給できるのは「政府」しかないのです。

 従って、このデフレ期の政府支出には多大な意味があります。
 「国債発行」を通じた財源確保のやり方であっても、問題はないでしょう。

 2001年導入の時価会計方式では、最長過去7年間の繰り延べが可能、即ち、赤字であった場合それを評価損として税制上のメリットを活かせること(≒税金を払わなくても済んだこと)により、企業にとっては本業では大きな利益が出ていても、国庫からすれば十分な(適切な)税収を確保できなかったという事情がありました。

 この税収上の問題が改善されている昨今にあっては、税収の対名目GDP弾性値は4~5近くもあります。この意味は、経済成長がなされれば、債務(借金)の増え方よりも、税収の伸びの方が高く、従って、純債務率(=純債務÷名目GDP)は減少させることができるということです。「国債発行に過度に依存した財政運営はもはや困難」とい主張には、このあたりのことが全く考慮されていないのではないかと想像されます。

 総需要(内需)喚起を促す正しい政策を行えば、経済成長も十分可能ですし、財政状態も、問題ありません。

 債務残高が1,000兆円もある、名目GDP比で200%近くあるということも、単なる参考値にしか過ぎません。

 政府債務(≠国民の借金)の1,000兆円の貸し手のうち多くを占めるのは、資産2,700兆円をもつ金融機関という貸し手であり、その貸し手にとっては目下大変優良な資産(事実上のノンリスク債権)なのです。
 だから、例えば、10年モノの国債利回りがせいぜい1.2%の低位水準で、長いこと推移しているわけです。利回りが低いということは、国債の買手(=相手負債の貸し手)が競って国債を購入している状態(=国債の価値が高いと判断している状況)ですので、利回りは下がったままなのです。“日本国債破綻”などと言い続けている人々は、“木を見て森を見ていない”のです。

 上述の通り、5つの経済主体が、日本経済の中でそれぞれ貸し手(資産保有)と借り手(負債保有)の関係になり、経済が回っていますし、国家の総資産(金融資産のみ)が約5,500兆円もあって、また総負債が約5,250兆円あって、従って、純資産(=対外資産)は約250兆円あってバランスしているのです。政府債務だけを針小棒大にマスコミも誇張する意味が分かりかねます。

 ちなみに、この純資産(=対外資産)は1991年から20年ほど連続で世界最大です。つまり、わが国は依然世界最大の債権国なのです。
 しかも通貨は高い(円高)わけですし、ネットでみて対外債権国ですので、デフォルトの定義である、対外債務の利払い不能な状態から世界で最も遠い国なのです。その国が、「財政運営はもはや困難な状況」と自ら言うのですから、本当に困ったものです。^^;

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■<通常国会>財政演説 国債依存、もはや困難に…野田財務相

毎日新聞 2011年124() 1456分配信

 野田佳彦財務相は24日、衆参両院本会議で財政演説を行い、「国債発行に過度に依存した財政運営はもはや困難な状況にある」と財政悪化への危機感を表明。税と社会保障の一体改革に向けた超党派協議への「積極的な参加」を改めて訴え、「国民的な合意を得た上で改革を実現する」と強い意欲を示す。

 11年度予算案は「財政規律を堅持するとともに成長と国民生活を重視した」と強調。

 日本経済に関しては「失業率が高水準など厳しい状況。デフレが続き、円高や世界経済の動向など景気の下押しリスクも注視する必要がある」との認識を示して、「予算を今年度内に成立させることが必要不可欠」と求める。【坂井隆之】

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2011年1月24日 (月)

【マクロ経済(4/4)】国のGDPと乗数効果が及ぼす範囲

 これまでの3回分の続きです。今回はその4回目で、これで終わりです。

=====≪quote≫
> この問題の根本は、国のGDPと乗数効果が及ぼす範囲(バウンダリー)をどのように
> 考えるのか?だと思っておりますが、認識としては正しいのでしょうか。
> この辺りの問題の整理で悩みます・・・

⇒ 「バウンダリー」が、その「国」の内外の境界を指すのでしたら、重要な疑問だと思います。

 GDPとは、国民総生産のことですので、日本なら日本だけの総生産額(付加価値の合計)です。他方、グローバル経済という開放経済にあっては、再びGNPで見るべきという人々も最近では出て来ています。

 つまり、乗数効果が国外は漏出してしまうのではないかという視点です。
 得られた所得がにより消費される波及経路で、消費が海外でなされる部分は、国内経済(GDP)には寄与しなからです。ただ、海外での消費、すなわち輸出 (国内での漏出、輸出国での需要収奪)、もしくは投資(海外の金融商品や不動産などを購入)することで、程度にもよりますが、円高傾向になり(国際競争力減)、結果、景気回復しないとする、マンデル=フレミング効果などをあげつろう人々もいます。

 しかし、このマンデル=フレミング効果は、かなりの制約条件下にあって成立するかどうかと考えられる代物であり、円高そのものは、抜本的には経常収支問題(大幅な黒字の結果)です。

 勉強会でもやりましたが、国債購入で民間資金減(Liquidity減)により相殺され(LM曲線左シフト)、結果、金利上昇が起こり、円高になるよう なことは、少なくとも、日本の今のデフレ経済ではまず有り得ません。実際、いくら国債を発行しても、依然ノンリスク債権とみなされ、従って買手が国内に十分いますので、金利は一向に上昇しませ ん。

 他方、経常収支が過多である場合、特段の為替介入などを行わない限り、円高基調となります。
 しかしそれでも、内需をしっかりコントロールしていけば、本来円高になる懸念は本来殆どありません。

 別の基本的な視点を、念のため示します。
 ケインズの乗数効果とは、所得の波及効果であり、所得は、「生産(国民総生産)=分配(国内所得)=支出(国内総支出)」の三面等価でみるGDPの構成要素です。GDP=総所得ともなります。

============================
(注)GDPの
三面等価に関する基本的な事柄:

* GDP = 生産額から原材料の投入額を引いた付加価値の総額

* 生産(国民総生産) :
 企業は「生産」活動により原材料を加工し、価値を付加した製品を供給。
 他方、「生産」につき、生産要素(労働、資本、土地など)に対し、付加価値から対価(賃金、利子、地代など)を支払います。

* 分配(国内所得) :
 付加価値から対価を差し引いた利潤が、企業の「所得」となります。
 付加価値は、最終的には必ず誰かの「所得」となりますので、GDP(国民総生産)=「所得」の総額(総所得)となります。

* 支出(国内総支出) :
 支出には、経済主体別に、大きく3種あります。
 消費支出家計が財を購入する)、投資支出企業が機械設備として需要するなど)、政府支出政府が公共事業やその他の公務のために購入する)です。
 これら「支出」=国内総支出。
 「生産」された財は、結局誰かによって購入されます。売れ残りは、在庫投資として投資の中に含まれますので。
 従って、国内総支出=GDPとなります。

* 以上により、「生産(国民総生産)=分配(国内所得)=支出(国内総支出)」の三面等価となります。
 ============================

 最初の経済主体が「生産」して得た「所得」を原資にし、それが「支出」(家計の消費支出、企業の投資支出、政府支出)につながっていく過程が、乗数効果ですね。

 例えば、バイアメリカン条項により、米国政府が、何かの政府支出(環境関連などの公的な投資や、郵便サービスなどの公的なサービスの購入、政府による請負契約)が成された際、その資金を得た民間企業などに所得が生まれ、ハードウェア的なものや複雑かつ大規模なシステム(例:都市・農村部連携新型コミュニティ開発、石炭ガス化複合発電またはコンバインド発電システム〔燃料電池+マイクロ・ガスタービン〕、資源探索・開発・商品化一貫システム、宇宙開発など)であればあるほど、それが他の経済主体まで波及します。

 他方、その企業や個人のみで生産が可能であり、それ以上他社に効果が及ばないソフトウェアなどのサービス性の高いものですと、そこで波及効果は終わります「経済のソフト化」が進むと、このレオンチェフ効果は小さくなっていきます。日本経済で「波及効果」が小さくなったのではないかという議論は、ケインズ乗数のことではなく、このレオンチェフ乗数のことです。両者の区別を知らない人々は少なくありません。

 授受されるその財・サービスによりますが、大型プラントや巨大なシステムなどでは波及効果が続きます。その続き方として、〔A〕関わる経済主体の連鎖が長い・複雑なものもあれば、〔B〕予算単年度を超え数年がかりで波及するものもあるでしょう。

 マクロ的にみれば、米国の場合、消費性向が7割ほどありますので、乗数効果=1÷(1- 0.7)≒3.3近くあるはずですし、日本の場合は6割ほどですので2.5近くになります。
 ただこの効果が出るには、モノによりますが2~3年ほどはかかるでしょう。毎年、同程度の有効需要支出が成されることで、この効果がもたらされます。

 この通り、「乗数効果が及ぼす範囲」とは、財・サービスの性格により、〔A〕経済主体の面々は変わりますし、また〔B〕時間的な広がりも変わります。

 ついつい長くなってしまいました。しかし、このあたりのことは重要なことだと思います。
=====≪unquote≫

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【マクロ経済(3/4)】政府支出と内需喚起策と経済学者の奴隷

 続きです。

=====≪quote≫
> ②政府支出とバイアメリカン条項
>
> 今日のお話にあった、デフレ景気化の政府による財政支出の有効性に関連して、
> アメリカ政府が現在行っている政府支出における原料調達をアメリカのメーカーから
> 行うというバイアメリカン条項に関して質問があります。
>
> 政府支出における、原料の調達はレオンチェフの乗数効果で考えられると思います。
> この観点から見ると、バイアメリカン条項は国内需要創出の観点からより有効な
> 施策であると思います。ただ、一方でそのような条項は保護貿易主義の
> 引き金になりかねないとも思います。また、長期的な観点から見れば、非効
> 率な市場からの調達を行うことによる、長期的な競争力の低下などの問題を
> はらんでいるように感じます。
>
> 実際この場合、バイアメリカン条項による「レオンチェフの乗数効果による
> 景気刺激策」と「長期的な視点での市場の効率性」のトレードオフは
> どのように捉えるのでしょうか?
> 個人的には、長期的な市場の効率性を重視するべきかと思います。
> (私は、リバタリアンに共感しているので・・・(笑))

⇒ 政府支出が最初の契機(車輪の第1回転目)となって、それを受け取った経済主体(一般企業)が、ある事業やサービスを行う上で必須となる原料・部材を 調達し(その企業の原価を構成)、その残りが同企業の所得となりますが、他の経済主体からさらに原料・部材を調達するといったように、特に売上高に関し次 々と波及する効果をレオンチェフ効果(第1次波及効果)と言いますね。

 そして、当該企業が得た所得を、その企業や従業員(消費者)が消費する、その波及効果が、勉強したとおり、ケインズ乗数効果(第2次波及効果)となりますので、「バイアメリカン条項は国内需要創出の観点からより有効」と言えましょう。別途、後述します。

 ただ、「そのような条項は保護貿易主義の引き金になりかねない」の件、さほど心配する必要はないでしょう。バランスの問題だと思います。

 確かに、米国のみならず欧州諸国のような大需要国(新興国にとっての輸出市場)が一斉に、保護主義になれば、深刻な事態をもたらします。

 しかし、大供給国の中国や日本などは、“リーマン・ショック”後の米欧市場の需要減退期にあっては、すぐに米国から欧州へ、そして最近では欧州から新興国市場へと軸足を変えています。
 他方、先進国からは、それら新興国への資本投資や資本注入(資本収支である直接投資や証券投資に加え、経常収支に分類される、ODAなどの経常移転赤字)がなされ、新たな需要を創っています。

 米国は自国の実物経済への梃入れ(輸出増と内需拡大)について、オバマ政権になって熱心になりましたが、有り余る金融資本を上述の通り、新興国へ注ぐことで、自国企業や多国籍企業の後押しをしています。

 他方、米国でも国内の雇用問題は深刻ですので、政治家が自身の得点を稼ぐ意味でも、バイアメリカン条項による自国購買力増強、ひいては自国企業の元気を取り戻すことのポーズとなるシグナルを、例えば、ウォール街などへ送っていることは自然な流れでしょう。
 失業対策をしているというポーズを何としてもとっておかないと政権運営としては大変であり、それは他国からの保護貿易主義批判など意に介さないぐらい深刻だということだと思います。それでなくとも、経済政策の司令塔であるサマーズ(Lawrence Henry Summers)国家経済会議(NEC)委員長らの辞任が年末(2010年)に相次ぎ、オバマの政権求心力はかなりの程度失われつつあります。

 大きな内需を抱える国(特に米国や日本)においては、自国経済の内需をコントロールすることが重要です。米国は世界最大の内需大国(日本は2番)です。

 米国も、“リーマン・ショック”後にデフレに突入し、企業や金融機関は、負債デフレ(バランスシート不況)に陥っていますので、米国内に有望な投資案件が見出せず、借金返済に注力しつつあります。これではお金が回らず、リバタリアンが信奉するような市場メカニズムがうまく機能しませんので、経済が立ち行 かないことになります。

 金融恐慌後の構造的なデフレという現象(真に非効率な市場の典型的な現象)を、甘く見ることはできません。市場は既に不均衡な状態にありますので、均衡を前提とする、伝統的なLéon Walras流の『一般均衡理論』のアプローチでは解決できません。もちろんミルトン・フリードマン流のアプローチでも無理です。かえってデフレを固定化することになると思います。

 特に恐慌に近い構造的なデフレ経済には、ケインズ流のアプローチに加え、ケインズも十分扱っていなかった、金融資本主義がもつ本質的・内在的にもつ矛盾解決策を示している、ハイマン・ミンスキー流のアプローチが不可欠でしょう。
 市場メカニズムなる自浄作用は、大きく失われていますし、過度な金融経済による悪弊が、実物経済の市場メカニズムを狂わせています。この現代の金融経済のもつ不具合の遠因は、マネタリスト派の元祖であるフリードマンのアプローチにあったとも言えるでしょう。

 「長期的な市場の効率性を重視するべき」なる言は、フリードマンなどの主流派経済学が、ケインズと議論を戦わせた時のものと同じですね。
 それには既にケインズが「長期的にはみな死んでいる」という有名な言葉で返しています。もはや古典的なやり取りとなっています。経済学の使命は、短期の現実の経済的課題を解決することにあると思います。長期的には、現下の当事者は誰も存在していないのですから、そのような学説・アプローチは、真摯なものとは言えないでしょう。

 繰り返しですが、、不均衡市場に直面している、今の現実を解決できない経済学は無用のものでしょう。経済学は、実務的な社会科学でもあるべきだからです。

 ケインズは、『一般理論』(1936年)の最終章(第24章)の最後(本文の最終ページ)で、次のようなことを言及しています。
 ≪経済学者や政治哲学者の思想は、それらが正しい場合も誤った場合も通常考えられている以上に強力である。実際、世界を支配しているのはまずこれ以外のものではない。誰の知的影響力も受けていないと信じている実務家でさえ、誰かしら過去の経済学者の奴隷であるのが通例である。虚空の声を聞く権力の座の狂人も、数年前のある学者先生から自分に見合った狂気を描き出している。≫

 最後の文面は、1933年に政権をとったナチス・ヒトラーや、リバタリアンのハイエクらが毛嫌いしたスターリンらを指すのではないかと思います。

 私も昔は、ハイエクが批判の矛先を向けた共産主義のことを勉強して、ハイエクの主張には大いに鼓舞されたものです。残念なのは、その共産主義に振り下ろしたハイエクの鋭い大鉈が、勢い余ってケインズまで斬ってしまったことです。それでハイエク信奉者がケインズに興味を持たなかったことが、世界にある種の悲劇や誤解を生んだ温床になったものと思います。この辺りのことは、丹羽春喜氏(大阪学院大元教授)が著書の『謀略の思想「反ケインズ」主義』(2003年)で的確に描いていると思います。

 前半の文章は、現代の日本でも十分通用するものではないかと感じます。その日本人が、一般人ならともかく、政治家や官僚であれば、直接私たちの生活に関わる、多大な影響を及ぼします。

 また知的ワークに携わる専門家・プロフェッショナルであれば、それはまたそれで関係する人々を、正しくも誤った方向にも引っ張って行ってしまいかねない恐れがあります。その意味で、自戒の念を込めて言えば、まだまだいろいろな考え・思想を知り、それを勉強していくことに意味があろうかと思います。
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2011年1月21日 (金)

【マクロ経済(2/4)】日本は既に十分“小さな政府”

 続きです。

=====≪quote≫
> ①日本の小さい政府に関して
>
> データで裏付けされた、日本政府が既に小さい政府であるとの
> お話はかなり意外でした。
> 実際、直感的に感じる人員の多さ(あくまで、頭数として)、
> 公共サービスの充実ぶりを見ると日本の政府がアメリカなどの欧米先進国より
> 小さいという事実には疑問があります。

⇒ 専門家か、もしくは特別な関心でも抱かない限り、私たちの多くは、実質マスコミ情報と、主流派経済学が支配する大学レベルまでの教育しか受けませんので、意外に感じるのが普通だと思います。

> 地方などでは、定年後の再雇用(期間雇用)や福祉の現場でのアルバイトスタッフ
> などが多いのも事実ではないでしょうか。また、各種の独立行政法人や
> 民間への天下り人員など、半官半民のような立場の人間が多いのも
> 特徴に思います。

⇒ きっとそうでしょうね。
 ただ下述の①「人口千人あたりの各国 公的部門職員数」の統計では、“天下り”の国際比較の中での定義が不明瞭ではありますが、日本の場合、郵政公社や学校関連なども含まれているようです。

> そう考えると、”正規の”公務員一人当たりと考えるのは多少不適切のように思います。
> 実際、公務員の一部部門の非効率さを聞くと疑問を感じます。
> (公務員一家の話や、現場の感覚を
聞いていると、特定の職員への
> 過度の職務集中があり、人手が足らないのも事実ですが・・・。)
> ただ、やはり現状の政府部門の実態と統計上の数字に乖離を感じてしまいます。
> この辺り、他国の状況などはどのような状況なのでしょうか。

⇒ 中国を例に出すまでもなく、日本政府の統計ですら、こと「失業率」などのデータは、政府の政策の失敗を露見させたくない、ある種の意思が感じられま す。「失業率」のみならず、①「人口千人あたりの各国 公的部門職員数」などのデータも、下述の通り、過小評価したくなるインセンティブが当局には働きやすい でしょう。

◆同①「人口千人あたりの各国 公的部門職員数」:
 「日本38.2人 < ドイツ61.3人 < 英国67.1人 < 米国71.9人 < フランス96.7米国」

 (出所:2003年の日本IOL協会資料)

 従って、ご指摘のことは、もっともなことだと思います。

 ただこの統計データが怪しいからと言って、「日本は必ずしも大きな政府ではない」ことを否定できないと思います。勉強会では、①「人口千人あたりの各国 公的部門職員数」に加え、②「GDPにおける財政歳出額の割合(2008年)」、③「名目GDPにおける財政歳出額の年次変化割合(1997年を100と した場合の2008年時点の増分)」の3つを取り上げました。

◆同②「GDPにおける財政歳出額の割合(2008年)」:
 「日本37% < 米国39% < 独44% <英48% < 仏53%」


◆同③「名目GDPにおける財政歳出額の年次変化割合(1997年を100と した場合の2008年時点の増分)」:
 「日本120 < 独153 < 米187 <仏195 < 英230」

 これらのデータを見る限り、明らかに「日本は十分過ぎるくらい小さな政府」なのです。

 この傾向・状況を指すものには、他に例えば、④「小泉政権誕生の2001年度~08年度の8年間で、地方交付税・交付金および公共投資額の総計がやり方60兆円削減」されている、といったデータを示すことができます。勉強会の資料の通りです。

 「公務員部門の非効率さ」についても、特に民間部門と比べれば、きっと疑問の通りでしょう。異論ありません。
 ただ、ここでは国際比較を行っているのですから、比べるべきは、海外との務員部門になりますね。
 例えば、ここでは代表選手に、フランスやイタリアあるいはスペインのようなラテン諸国のエース級を挙げれば、さすがの日の丸親方連合も敵わないのではないでしょうか。(^-^)

 ラテン諸国のエース級との比較では、相手としてフェアではないとの感想を持つでしょう。それゆえ、食べること(料理)やアバンチュールに殆ど関心がないのではないかと思ってしまう、生真面目なアングロサクソンの英米を例に挙げることもできます。

 まさに、リバタリアン思想に影響を受けたサッチャーが、手を焼いたのが、そのアングロサクソンの、労働党が政治支配する英国だったわけです。
 その他、例えば、労働組合や基幹産業 であるテレコム主要企業(当時は公共企業体)や鉄道系やユーティリティ系(電気・ガス)などは比べるまでもなく非効率の象徴でした。

 また、米国ではかつてのAT&T社(民間会社)から分離・分割後の今のVerizon社など、そして、ドイツでは公共事業体から民営化後のドイチェ・テレコム 社などを比べると、日本のNTTなどよりも、人員を多く抱えた巨大な独占的な市場支配力をもっています。

 総じて、効率面で日本の公的部門が、甚だしく劣るということはありません。むしろ、日本の方が、効率的ですし、小さな組織になっている実態があろうかと思います。
=====≪unquote≫

 続きます。

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2011年1月20日 (木)

【マクロ経済(1/4)】リバタリアン的な考え方

 

 とあるところの、ある勉強会後のやり取りの一部を備忘を兼ね、メモしておきます。以降、これを含め4つに分けて貼っておきます。「マクロ経済」のポイントに関することですので、オリジナルのものに、若干の修正と加筆を行っています。
 個人が特定できないよう、配慮したいと思います。

=====≪quote≫
 自身の頭の整理もあって、ちょっこし、長文になるかも知れません。

> つい最近、マイケル・サンデルの著書(「これから正義の・・・」を
> 読み公共政策のあり方の根本にある「正義(哲学)」について、
> 考える良いきっかけになりました。
> (個人的には、ハイエク・フリードマンに代表されるリバタリアンの
> 思想に共感しているので、特に良い刺激でした)

⇒ サンデルさんの本、私が非常勤講師(客員教授)を務める、あるところの社会人学生から以前プレゼントされました。

 年末だったか、NHK教育テレビの番組で、ハーバード大学での彼の授業風景を視聴しました。第一印象として、記憶力のよい方なのだなぁと感じました。何せ、最初の質問・回答者(学生)から派生する種々の話題・テーマに関する、続く学生のやり取りを、名前とその発言内容のポイントまでよく記憶しており、てきぱきとした授業の進め方などに、とても感心しました。
 私などは、名前すら、すぐに忘れてしまいますので。

 ただ、そのやり取りの内容には、「へぇ~、そのように考えるのか、ちょっと問題意識が違うな」と言うものばかりでした。彼は、共通善を強調するコミュニタリアン(共同体主義)の政治哲学者であり、私の視点は、政治における共通善を追求するにも、国民経済がまとめでない限り、その種の善などは共有できないとするものですから。

 マルクスのいう、経済(生産力)が土台・下部構造(生産関係)を規定し、そしてその土台の上に構築されるものが形而上学的なもの(共通善含む)だ、という社会経済の捉え方は必ずしも間違っていないと思います。もちろん、私はマルキストでも左翼でもないつもりです。しかし、経済基盤が重要であることは、誰からも否定されるべきものではないでしょう。

 ハーバード大学の大ホールでのサンデル氏の講義は、学生の風貌からしてグローバルな感が強く、まさに米国は学術分野でも世界の覇権を今もまだ誇示しているかのような、日本の大学教授には通例ない堂々したものがありました。ただ堂々として話していることが、正しいか、あるいは共感を覚えるかは、また別なのでしょう。

 書くまでもないのでしょうが、リバータリアニズムの元祖は、あるべき人間像や社会像を小説や評論文の形で1950年代に提起した、ロシア・サンクトペテルブルク生まれのユダヤ人であり、後に米国に移住したアイン・ランド女史のはずです。
 古典的自由主義者と言われる、ミルトン・フリードマン、 ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスやハイエクのような人々に影響を与え、最近では、日本人の大好きなサッチャーやレーガンの政治信条として、世に知られるようになりましたね。

 私もかつては、この考え方に大いに共鳴していました。

 ウィキペディアによれば、≪リバタリアンはレッセフェールを唱え、経済や社会に対する国家や政府の介入を否定もしくは最小限にすることを主張する。 また、自律の倫理を重んじ、献身や軍務の強制は肉体・精神の搾取であり隷従と同義であると唱え、徴兵制と福祉国家には強く反対する。なお、暴力、詐欺、侵害などが起こったとき、それを起こした者への強制力の行使には反対しない。個人の自由と自由市場を擁護する等、ごく少数の基本事項以外これがリバタリアンであるというような定義は存在しない。≫ということです。

 経済がそこそこうまく成長もしくは発展している時には、この考え方に同意します。
 しかしながら、現在の日本経済がもう15年~20年もデフレ状態が続く状況下、あるいは“リーマン・ショック”後の世界経済(特に欧米経済)も最近デフレ基調に本格的になってきた状況下では、その限りではありません。
 この区別を付けることができるかが重要です。日本の経済学者・エコノミストあるいは政治家・官僚の多くは、この区別ができていないと思います。

 リバタリアン的な考え方をする、ミーゼス(オーストリアン学派)の信奉者であるトーマス・ウッズ(Thomas E. Woods Jr.)の『メルトダウン 金融溶解』(2009年8月)「A Free-Market Look at Why the Stock Market Collapsed, the Economy Tanked, and Government Bailouts Will Make Things Worse.」には、サブプライムローン金融危機などを題材とした景気循環(バブル形成・破裂と恐慌の出現)に関する鋭い考察がなされています。
 また、これは現下の自由市場とは対極にある人為的な「管理通貨制度」という前提を取り去った際の、マクロ経済もしくはグローバル経済のあるべき仕組みとしての中央銀行不要論と新たな通貨システム論が展開されています。

 しかしながら、この考え方やアプローチでは、現実的なデフレ経済下の問題を解決することはできないでしょう。

 その意味で、リバタリアン信条では、こと恐慌を防止すること、そして恐慌になってしまった後の構造的なデフレ経済の問題解決に関しては限界があることを、よく示している本だと思いました。

 “リーマン・ショック”前の資産バブルとその崩壊後の、ある種の(十分そうだと思いますが)経済恐慌について、歴史・理論・政策面で、大変適切な論を展開しているものに、例えば、ハイマン・ミンスキーの『金融不安定性の経済学 歴史・理論・政策』(1989年12月、原著は1986年出版)が挙げられるかと思います。勉強会の前日、私が紹介した経済学者です。
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(続きます)

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2011年1月19日 (水)

【講演】日本経済の構造的問題点を踏まえた今後の経済発展のための処方箋案

 昨年末に名古屋でも、ほぼ同様のことを行いましたが、明後日(2011年1月21日)に行れる予定の講演概要をメモしておきたいと思います。

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第120回 「明日の経営を考える会(明経会)」例会
 http://www.jates.or.jp/?list=6

◆日時: 2011年1月 21日(金) 15:00-19:00

◆場所: ホテルグランドパレス(東京都千代田区) 牡丹の間(例会)、菊の間(懇親会)

●特別講演:
 「日本経済の構造的問題点を踏まえた今後の経済発展のための処方箋案

  ~財政と金融の両政策面およびグローバル経済の理解の仕方~

◆講師: 新保豊氏 (株)日本総合研究所 理事・主席研究員

◆講演要旨:

 これまでの政権が財政出動(ケインズ政策)を何度となく実施し、あるいは金融緩和なども長年続けてきたにもかかわらず、さらには市場機能を重視し民営化・自由競争・規制緩和などの構造改革(新古典派・シカゴ派)など、官民挙げて懸命にわが国は行ってきたにもかかわらず、先進国で唯一、なぜ日本経済は一向に浮揚・成長しないのか(15年以上もデフレが続くのか)、“国際競争力”も低下していくのでしょうか。

 そうこうしている内に未曾有の金融危機・金融恐慌が起き、その後、いまなお世界経済は不透明な状況が続いています。

 それをあたかも払拭しようと、あるいは出遅れてはならぬと、国の支援(為替介入、法人税引き下げ案と消費税増税など)を仰ぎつつ、多くの日本企業は海外事業展開(外需獲得)にその解決策・出口を見出そうとしています。

 日本経済はこれからどうなるのか、財政破綻は本当に起きるのか、日銀の金融緩和で効き目があるのか、基幹産業はどうなってしまうのか、円高や米ドル・ユーロなどの行方はどうなるのか。経済が浮揚しない真の理由・原因とは何か(財政・金融問題や人口減少構造問題など)。そして、その解決策または奥の手はあるのか。

 グローバル経営経済(欧米やBRICsなどの国々の多国籍企業や政府の取り組み)を主軸に、日頃のリサーチ・コンサルティングの仕事や、政策提言活動などを踏まえ、こうした現下の喫緊の課題事項について考えてみたいと思います。
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 私の担当前までの、最近の「例会」や「特別講演」のことが、同会のHPに掲載されていました。
 興味深いテーマが並んでいます。

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最近の例会
 http://www.jates.or.jp/?show=286&lang=

第119回例会: 2010年11月18日開催
講演: 「歴史から考える明日の日中関係」
講師: 加藤徹氏 明治大学 法学部教授、中国文学研究家

第118回例会: 2010年10月27日開催
講演: 「日本企業は韓国企業に学びなおせ ~グローバル企業を目指して~」
講師: 吉川良三氏  東京大学 大学院 経済学研究科 
    ものづくり経営研究センター 特任研究員

第117回例会: 2010年8月5日開催
講演: 「新・資本主義時代をビジネスチャンスに変える」
講師: 木下晃伸氏  株式会社 きのしたてるのぶ事務所 代表取締役

第116回例会: 2010年7月15日開催
講演: 「富山から ―私の歩みきた道―」
講師: 中尾哲雄氏  ITホールディングス株式会社 代表取締役会長


最近の特別講演

 http://www.jates.or.jp/?show=94&lang=

第115回定例会: 2010年3月18日開催
特別講演: 「ICT政策の動向」
講演者: 総務省 情報通信国際戦略局 技術政策課長  
      奥英之氏

第114回定例会: 2009年10月22日開催
特別講演: 「シリコンバレィのベンチャー企業 (start-ups) から学ぶ」
講演者: オプティワ株式会社 代表取締役
      岩越尚樹氏

第113回定例会: 2009年年7月9日開催
特別講演: 「『百年に一度』の危機は世界経済、日本経済をどう変えてゆくのか?
     ~危機後の成長戦略を考える」
講演者: 杉浦哲郎氏
      みずほ総合研究所株式会社 専務執行役員 チーフエコノミスト
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 総務省の奥氏とは、産官学勉強会でご一緒していますし、みずほ総研の杉浦氏は、確か2年ほど前の総務省のICT国際競争力会議の専門部会でご一緒していたのではないかと思います。

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2011年1月12日 (水)

【社内マクロ経済勉強会】財政支出や増税の意味の一部

 いつもの早朝のマクロ経済勉強会の実施前日に、アナウンスしたeメールを貼り付けておきます。
 少し加筆しました。

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■JRIマクロ勉強会:20110112.●ノート(財政支出・増税の意味)_0111-2132shimbo

 このファイルで明日水曜、勉強したいと思います。
 これまでも(前回も)、財政支出の意味について勉強してきた、その続きです。

 “リーマン・ショック”の際、NYウォール街の人々に、「我々はもしかするとミンスキーの時間にいるのかも知れない」と言わしめた、故ハイマン・ミンスキー教授(セントルイスの名門Washington大学)も、あるいは日本のシンクタンクでは数少ない、正論を主張しているエコノミストの野村総研のリチャード・クー氏などが、重視する方策です。

 バブル経済(“リーマン・ショック”前)の崩壊後の、世界のデフレ傾向にあっての、実質唯一のデフレ脱却方法が、この財政支出です。ミンスキーは『金融不安定性の経済学』(1986年)の中でこのことを、既に予言していました。

 また、クー氏はこの構造的なデフレ現象を示す「バランスシート不況」なる概念を世に問い、英国、オランダ、豪州、EUなどでの講演に引っ張りだこで、今や大変注目されている、世界では時の人です。
 他方、日本のマスコミには、特に2001年の小泉構造改革以降、殆ど登場しなくなりました。この差は一体何でしょうか・・・・・?

 ちなみに、クー氏の『デフレとバランスシート不況の経済学』(2003年10月)の中の「バランスシート不況」のことは、上述のハイマン・ミンスキーの1986年の原著では、「負債デフレ」という表現で、本質的にはほぼ同じことが10年以上前に指摘されていました。

 ただ、前者が特に一般企業や金融機関のバランスシートの毀損ゆえの投資活動の不活発化を強調しているのに対し、後者では、政府支出がもたらす一般企業や金融機関および家計へのバランスシート上の恩恵(優良資産=優良負債の増強や、家計の借金の減少)にフォーカスしているという、本質的には同じことですが、若干の重点の置き方の違いは認められるところかと思います。

 ミンスキーは、米国経済(特に1970年代の不況時)を実証的に分析し、「巨大な政府債務の存在」が、貴重な“ポートフォリオ安定化装置”として機能してきたことを明らかにしています。政府債務は、一般企業や家計の単なる借金・負債とは、全く異なる性格を持つという核心を突いた指摘だと思います。

 シンクタンクとしては競合にある野村さんではありますが、クー氏の主張は正しいものです。ただ、クー氏は米NY連銀出身ゆえか、その考え方や視点において、ある種の縛りがあるのではないかと感じられるところはあります。あくまでも感想とか印象の類ですが。

 この勉強会での、財政支出シリーズもそろそろ終わり、その後はNY連銀などをはじめとする中央銀行シリーズへ、近く移行していくことになると思います。その際に、その縛りのことも勉強しましょう。

 では明日、集まれる人で、続きを行いましょう。
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