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2009年7月22日 (水)

【経済教室への感想】情報化投資の成否が中期的な経済成長を決めるのか?

■タイトル :中期的な日本の経済成長(情報化投資の成否が左右)
■媒体と掲載日 :日本経済新聞『経済教室』2009年7月20日
■論考の書き手 :国立大学経済学部のS教授(日本○○○○センター主任研究員)
 (備考 :情報経済学を専門とする経済学博士)
■「ポイント」 :
 * 中期的な経済成長、悲観・楽観とも禁物
 * 2010年代に新たな情報化の投資機会多く
 * あらゆる分野でのIT利活用へ環境整備
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■「ポイント」の有効性 :【×~△】(私の感想)


 この論考の特徴は、典型的なサプライサイド派の主張となっていることでしょう。

 サプライサイド派とは、広く古典派・新古典派(ニュークラシカル派)に属する、現実の経済や社会の問題解決と言うには、かなり浮いた、最初から決まっているような、観念的なあるべき姿が陽に陰に見え隠れしている経済学の考え方と言うべきものでしょう。

 S教授とは、国のある研究会などで、よくご一緒しますし、そのお人柄など存じ上げていますので、個人的な攻撃をしようとは、全く考えていません。
 むしろ、私もかつて同様な発想を持っていましたので、そのささやかな気づきを感想として示しておきたと思うだけです。

 この種の発想・考え方が、どうやら実は経済成長には、殆どつながらないだろう、ということが自分なりに段々分かって来たからです。

◆クライン(Lawrence Klein)博士の主張を巡る誤解

 霞が関の官庁エコノミストは、特に安倍政権以降、“上げ潮”派という呼び名の人々は、生産性向上を通じ、GDPを増やすこと(経済成長)を重視します。

 当時のY財務大臣らの主張する増税派(消費税値上げ派)とは、一線を画したアプローチを強調します。ただ経済成長という効果面では、同じ穴のムジナなのかな、と感じていますが・・・

 ちなみに、“上げ潮”派とは、Lawrence Klein博士(ペンシルベニア大学教授)を中心に多数の経済学者で著した著書"The Rising Tide"に起因したネーミングだろうと言われています。
 同著書は、1990年代初頭の低迷する、特段深刻なデフレ下にあった訳ではない、米国経済を活性化させるための方策をまとめた論文集のようです。

 このKlein博士は、新古典派総合(ネオクラシカル)派に属すると言われますが、この派は、紛らわしいのですが、新古典派(ニュークラシカル)とは全く異なるグループであり、博士はケインジアンと言ってよいでしょう。つまり、デフレ下においては、生産性の向上などよりも、財政出動による有効需要の効果を重視します。

 実際2004年10月、あるシンポジウムが東京都の九段で行われ、そこに招かれた教授は≪1~2%の低い成長を目指すのならそれでも良いが、4~5%といった比較的高い経済成長率の達成には、日本は財政出動(教育関連支出含む)を考えるべき≫と語ったそうです。

 一方、自民党上げ潮派(当時のN幹事長ら)やこのS教授、あるいはKlein博士の元で勉強した、また日本経団連の21世紀政策研究所のプロジェクトの確か実質リーダーであったK氏(ペンシルベニア大博士。専門は計量経済学)らが、同教授にアドバイスを受けつつ、あるレポートをまとめました。

 そのレポートの概要は、K氏は2008年12月5日付の『経済教室』の「ニューエコノミー下の実体経済 3~4%の成長を目指せ」と題する論考で、示されました。
 ここで、Klein博士は≪日本の潜在成長率を1.5%程度と見込むのは低すぎ、ICT(情報通信技術)の積極活用を図れば3~4%の成長が可能≫とアドバイスしたようです。

 Klein博士は恐らく、財政出動を進める中で、ICTの積極的活用をご提言されたのではないかと感じます。
 同博士の主張は矛盾していません。財政出動(マネーの新規投入)で総所得(購買力)を増やせば、総需要が喚起されますので、企業の収益が増大します。そうなれば、ICT企業も設備投資余力が出てくるため、ICTの積極的活用を促すことの意味が出てきます。

 どうもICT産業やICT行政に従事する皆さんは、ICTに関連する部分のみに着目して物事を捉えようとする(我田引水の)傾向がありますので、そのメッセージの受け手では、メッセージの内容を都度整理しておくことが求められます。つまり、主従関係や優先度の類です。この場合には、あくまでICTは「従」である、ということなのです。ミクロはマクロに抗し難い・・・

◆IT導入による生産性向上はそれほど効果があるのか?

 当論考では、その生産性について、「製造業の設備過剰が問題となる一方、医療サービス業の一部は供給不足が深刻で、IT導入による生産性向上が求められている≫と示されています。

 生産性向上は、現下のデフレ経済では、それを強調するのは考えものです。確かに、特に地方の医療現場などでは、十分な医療機器が導入されておらず、また医師の不足などもあり、供給不足の状態にあると言えましょう。しかしながら、本文にも製造業では設備過剰とあるとおり、経済全体(マクロ経済)を見ることが重要です。

 経済全体では、デフレ状態にあるということは、総需要が総供給を下回っていることを意味します。つまり、労働と資本設備の両投入量が非稼動な状態にあるのです。しかも、その非稼動なボリュームは膨大です。どこかで記したいと思いますが、資産すると実際のGDPの30%近いギャップ(=GDPギャップまたはデフレギャップ)が存在すると思われます。政府内閣府がこれまで公表してきた「±4%前後」とは大きく異なります。最近でも、8~10%といわれるデフレギャップですが、それよりもはるか上に潜在GDPの天井があると考えられます。

◆イノベーションとしての新技術が登場しても却ってデフレが固定化することも・・・

 当論考では、≪今回の不況で旧来型の輸出主導による成長の限界が露呈したが、企業投資、特にイノベーションの中核にある新技術への投資が低調では構造変化が進むはずもない。≫と続きます。

 前半部分は正しいと思いますが、後半の分析はかなり違うかなと思います。

 前半部分の解説をすると長くなりますので、別の機会に譲りポイントのみ示します。
 日本経済の膨大な貯蓄が国内経済で使われずに、海外にその投資先を求めるかたちでマネーが流出(正確には、米国等の金融資産をドルで購入してそれを所有)して来ましたので、ドル高・円安が生じ、輸出企業には追い風となりました。
 つまり、輸出主導による経済成長モデルなどは、そもそも貿易黒字大国で、一方の赤字国に雇用面などでネガティブな影響をも及ぼしているわが国にとっては、デフレ現下の、そして今後のあるべき(To-Be)モデルとは言えません。内需主導が求められます。

 後半の「企業投資」や「イノベーションと新技術」に関するものも、発想がサプライサイドなのです。繰り返しですが、今の日本経済は総需要が不足しているのですから、これ以上の総供給を増大させる方策は、その新技術により低価格化が進むほど、一層デフレ経済を固定化させ、ますますデフレ脱却から遠のいてしまうのです。

 論考では、≪2010年代には次世代携帯電話事業、地上デジタル放送への完全移行、空帯域を利用した携帯電話端末向けマルチメディア放送など新たな投資機会が数多く待ち受けている≫とあります。

 これも説明が必要でしょう。これら「新技術」や新サービスは、確かに「イノベーション」プロセスを通じ生み出されて来るなど、日本が世界に誇れる素晴らしいものばかりと言えましょう。

 しかし、これら新技術・新サービスが登場しても、思ったほどの収益機会とはならないでしょう。
 2010年代となっても、このままデフレが続くことが濃厚でしょうから、そうなれば依然、総需要ないし購買力が乏しい状況下、消費者はサービスを購入しようにも購入できないことが容易に推察されます。

 抜本的な解決方法としては、新たなマネー投入(通貨増発)による総需要の喚起しかないでしょう。
 そのことで現下、不稼動・非稼動の状態にある資本設備や労働力が甦ります。こうなって初めて、これら新技術・新サービスは日の目を見ることになるのです。

 もちろん、新サービスによる市場はそれなりの大きさに拡大することは考えられます。ただ、GDP(経済全体のパイ)が増大していなければ、他の産業セクターから購買力が移動(マイグレーション)するだけとなりますので、やがて関係企業の売上高は減って行くか、頭打ちになること必至です。このことを15年も、日本経済は続けているのです。

 S教授と国のある政策系研究所のI部長との共同で、≪不況克服の過程で経済構造の転換につながる企業投資が活発になった場合、中期の経済成長率がどの程度加速しうるかを・・・から成るマクロ計量モデルを用いて試算≫した内容が、この論考に示されています。

 例えば、≪企業投資全体に占める情報化投資の比率が2%ポイント上昇するなどの要因が加われば、第一に、基本予測では1%台半ばとなる成長率は、全要素生産性の向上などで2%台半ばに高まる。≫とあります。

 「マクロ計量モデル」の内情を知る身としましては、どれほどの精緻さと仮定・仮設が置かれているか、結果そのものへの解釈への恣意性が入っている余地はどれほどかなど、この計量モデルの限界について、本音が聞きたいとことです。(^-^)

 それはさておき、ソロー(ノーベル経済学賞受賞者)が“残差”として表現している、「全要素生産性」の測定は難しいものです。
 つまり、全要素生産性の経済成長への寄与率がどれほど正確に特定できるか難しい訳ですので、その全要素生産性の向上をもって、経済成長がどれほど増大するかと言う、よくありがちな見方については、あまり意味がないのではないでしょうか。

◆実質債務への言及には同感ですが・・・

 同論考には、さらに≪第二に・・・失業率は0.2%ポイント低下、第三に生産性の向上を通じ賃金上昇率は0.8%ポイント高まる、・・・第四に雇用情勢の改善で消費も刺激されるため、内需拡大効果で輸出依存度が低下、第五に財政赤字のGDP比は基本予測に比べ2.4%ポイント抑制される。≫とあります。

 このうち「失業率」や「賃金上昇率」なる数量的な改善度合いについて、同「マクロ計量モデル」の信憑性もさることながら、もしかすると「企業投資」による効果としては、そんなものかも知れません。
 ただ核心は、「中期の経済成長」には、「企業投資」のみではさほど大きな効果はなく、前述の通り、むしろデフレを固定化させる要因となることで、逆効果となってしまうことすらある可能性があります。

 また「内需拡大効果で輸出依存度が低下」について、この論考では、総需要増大策が何も見当たりませんので、現実性は乏しいのではないでしょうか。

 ただ「財政赤字のGDP比」を取り上げていること、そしてその重要性が示されていることには同感です。財政赤字そのものの大きさ(=名目債務)は、さほど意味がない一方、財政赤字のGDP比(=実質債務)は重要なことです。

 つまり、国の債務が現在800兆円ほどあって、それが膨大で国家破綻だと言うエコノミストが多いのですが、本当にわが国が破綻状態にある国であれば、国債の金利はとうの昔に上昇しているはずです。
 にもかかわらず、いまだ世界一というほど低金利で推移している現状からは、政府と日銀の国債の保有率が他の主要国に比べ高いとは言え、極めて日本国債は市場から信用されているという状況下にあることを物語っているのです。

 一方、本来の景気対策、つまり、総需要を喚起するための新たなマネー投入(通貨増発)を講じることになれば、第一~第五に示されたような数量的な改善度合いなど比ではないでしょう。もちろん、実質債務をもっと大幅に軽減できます。従って、増税派の財政均衡(2011年のプライマリー・バランスの実現)などは、主客転倒のアプローチです。デフレ下では財政出動による通貨増発は、世界の常識です。デフレ下で財政均衡をはかろうとすると、却って実質債務を悪化します。失われた15年間、実際そのようになっています。

 エコノミクスの基本に立ち返れば、言い換えると新技術やら企業投資などのサプライサイド要因のみに、その打ち手をフォーカスせず、(また増税派のような財政均衡実現至上主義に走らず)、本来の対策を実施できれば、劇的な改善がはかれるはずなのです。

◆企業投資が強調されても中期経済成長率は期待できない

 結論的なメッセージとしてこの論考では、次のことが示されています。

 ≪企業投資に主導された成長加速の時期が訪れないと、情報化の波に乗った構造変化が進まず、1%台半ばの中期成長率達成さえ難しい。(略)企業の投資行動は、期待成長率と表裏一体でないと、一時的に盛り上がったとしても短期で終息してしまう。≫

 このような見方は、世界の経済対策などと比較すれば、周回遅れ、もしくは大きくポイントをはずしているのではないかと考えています。

 欧米や中国では、いま財政出動型の景気対策ないし経済浮揚策が採られています。このメッセージのようなサプライサイド派(ある種の新古典派、構造改革派)ではなく、ケインジアンそのものの政策です。

 米国も中国も、プラグマティズムの国ですので、一見美しく見える新古典派経済学の市場原理主義や構造改革などは二の次なのでしょう。
 米国は日本へは、構造改革を毎年要望しますが、自国では殆どやりません。2001年にWTOに加盟した中国も通貨(人民元)を不当に低いままに放置したまま、その構造を抜本的に変えようなどの改革には着手しません。これが世界の現実です。

 こうしたメッセージは、例えば米国の1990年代中頃からのインターネットが普及し出した当時の、そして「インフレ無き成長」とグリーンスパンらに形容された、シリコンバレー型産業が牽引した経済モデルであれば、あるいはKlein博士らが"The Rising Tide"と形容した経済パターンであれば、それもある程度理解できます。

 しかし、日本経済は深刻な総需要不足(≒通貨が回っておらず購買力が乏しい状況)なのですから、上記メッセージは的外れになっている感が否めません。企業投資が強調されても、そうできない次のような2つの事情があります。

① :一部の大企業や輸出型企業を除き、1990年代の土地・株式の資産バブルの崩壊度合いが余りにも大きく(GDPの2.7年分)、それゆえ長い後遺症(失われた15年)が続いていた関係で、毀損したバランスシート改善のために、手持ち資金は借金返済に回らざるを得ず、新たな設備投資ができないでいるのです。
 野村総研のリチャード・クー主席研究員も指摘していることです。

② :今の日本の実態として、期待収益率が見込めない投資案件ばかりの状況にあります。
 言い換えると、総需要がない(買手である消費者や購入企業の購買力がない)ため、新技術を用いて高機能・高品質かつ適当な価格帯の商品・サービスであっても、それを購入する余力(可処分所得)がないのです。

 マクロ経済とは、その国の経済が置かれた状況(インフレ気味かデフレかなど)や、あるいはいつの時代に主流として採られた方策なのかの選択性(とその能力)などを、総動員して取り組まれるべき対象だと考えます。

 今回は触れませんが、別の要因、例えば、一国の経済やグローバルな経済の動静を決定している、経済主体(消費者などではなく、多国籍企業の経営者や国際金融家ら)の思惑・利害までも勘案して初めて理解できる、総合的な研究対象または生活ための対象(≠単なる学問対象)が、マクロ経済なのだと考えています。

 以上、当論考につきましては、殆ど文章も推敲せず、またこのコラムの構造やストーリーなどにもおかまいなしで、思いつくままに書き記しました。辛抱強いお付き合い、有り難うございました。(^-^)

PS:
 よほど仕事が多忙を極めない限り、以降、当コラムは1週間に1度程度のアップを目標としたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

 

 
 

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