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2008年3月 5日 (水)

【一言】平成版前川リポートが話題になる不思議

20080227  「“元祖”前川リポート」の平成版のお目見えですか。。。

 この元祖レポートは、思えば、新古典派経済〔注1〕(⇒新自由主義〔注2〕思想=ネオ・リベラリズム)に依拠した典型的な内容でした。そして、最近流行りの「グローバル化」をわが国にも引き寄せる、理論的支柱・方針になってしまったわけです。

 “失われた15年”が結果的に演出されたかのように、最近の日本経済がそもそもおかしくなったのは、このレポートが出てきてから、と言ってよいだろうと思います。かなりの因果関係があっただろうとしか思えません。

 それゆえ、いまだこの考え方が政財界・学会において主流を占めているようでは、大臣のおっしゃっる真に持続的に「成長を続けていく枠組み」には、いつまで経っても本当の意味では近づけないのではないでしょうか。経済成長至上主義にも、そろそろ真剣に再考が求められている時代になったと思います。

(青の太字下線は、私が付しました。写真は、専門調査会で発言する大田弘子経済財政担当相(中央)=東京・霞が関で2008年2月26日、松田嘉徳撮影)

=====≪quote≫
平成版前川リポート “元祖”から22年 道筋どこまで?
(2008年2月27日、毎日新聞)


 輸出に依存した経済からの脱皮を唱え、内需拡大や市場開放を提言して、その後の経済政策に大きな影響を与えた86年の“元祖”前川リポート

 それから22年たった今年、政府は“平成版”前川リポートを作成する。経済のグローバル化や国内人口の減少、環境問題の広がり、中国の台頭など、激変した環境に沿う改革の道筋をどこまで明確に示すことができるのか、注目される。 

【関連】 前川リポート:「平成版」作成に着手 財界人ら11人議論--専門調査会

 リポートをまとめる専門調査会は26日、初会合を開いたが、会の設立を主導しメンバーの人選まで手がけたのは、大田弘子経済財政担当相だった。大田経財相は、新リポート作成に取り組む理由として「日本は長い経済低迷を抜け出したが、世界経済のダイナミックな変化から取り残され、今後も成長を続けていく枠組みができていない」と指摘している。

 大田氏は、1月18日の通常国会冒頭に行った経済演説で、日本の国力低下を取り上げ、「もはや日本は『経済は一流』と呼べない」と異例の発言をした。この危機感が、今回のリポート作成にもつながった。

 経済政策の理論的支柱となる経済リポート作成は、前川リポート以来、度々行われた。しかしこれらのリポートが十分、実行に移されたとは言いがたい。86年策定の元祖前川リポートの背景にあったのは、貿易黒字減らしを強硬に求める米国の「外圧」だったが、外圧が弱まるにつれ、リポートの推進役である政治の対応に緩みが生じた。

 業界や農業団体などの反発を恐れ、規制緩和や市場開放で提言が及び腰になった問題もあった。結果として、前川リポートが唱えた「内需主導型経済への転換」はいまだに十分、実現しておらず、景気回復の原動力を外需、輸出に頼っているのが実情だ。

 加えて、日本経済は、20年前には深刻でなかった少子高齢化や人口減少の問題に直面しており、内需拡大は一段と難しくなっている。

 大田経財相の主導で発足し、諮問会議の下部組織である専門調査会で議論を行う今回は、すでに首相官邸との距離が開いている。リポートの成否は、福田康夫首相が今後、どこまで指導力を発揮するか、政治の決断にかかっている。【三島健二】

◆過去の主な経済リポート(肩書は当時)◆

前川リポート=1986年4月発表
 中曽根康弘首相の私的諮問機関「国際協調のための経済構造調整研究会」(座長・前川春雄元日銀総裁)が作成。経常黒字を減らし、内需拡大に向けて中曽根首相が東京サミットなどで説明し、事実上の公約となった経済政策の基本文書

<主な提言>
 輸出依存型経済から内需主導型経済への転換、産業構造の転換、労働時間の短縮、製品輸入の促進

▼新前川リポート=1987年5月発表
 経済審議会の経済構造調整特別部会(部会長・前川氏)が作成。前川リポートの提言を具体化し、経済構造調整のための方策や目標を記した

<主な提言>
 年間労働時間1,800時間への短縮、市街化区域内農地の宅地への転換促進、工業製品関税の撤廃の促進

▼平岩リポート=1993年12月発表
 細川護煕首相の私的諮問機関「経済改革研究会」(座長・平岩外四経団連会長)が作成。内需拡大に向けて取り組むべき課題を列挙した

<主な提言>
 規制緩和の推進、少子高齢化社会の総合的福祉ビジョンの策定、金融資本市場の活性化

▼経済戦略会議答申=1999年2月発表
 小渕恵三首相の諮問機関「経済戦略会議」(議長・樋口広太郎アサヒビール会長)が作成。バブル崩壊後の低迷から本格的に再生を果たすためのシナリオを提示した

<主な提言>
 「小さな政府」実現、地方主権の確立、年金、医療・介護改革不良債権処理促進の制度整備、金融インフラの整備促進

=====≪unquote≫

■私の見方:
(ビジネスパーソンも知っておきたいマクロ経済学的な視点)

 政治家も官僚もマスコミも、あるいは学者にあっても「内需拡大や市場開放」が本気で不可欠だろうと考えているのが、今や日本の間では主流派です。しかし、主流であることと、真に効果があること(あるいは、多くの国民がハッピーであること)は違います

 大概の読者は、この2つ(内需拡大、市場開放)がわが国に(や世界にも)、不幸をもたらしていることの因果関係が、お分かりにならないことでしょう。

◆内需拡大効果は市場開放で打ち消されてきた

 「内需拡大」すれば、つまり、GDP最大部門の消費・家計部門(内需)の刺激喚起がGDP成長に大きな働きを示すことは確かです。しかし問題は、「市場開放」とセットで行われてきたことです。

 内需拡大の結果としての賜物(リターン)の多くがは、「市場開放」を通じて国外に流出してきたことも確かでしょう。その結果、“失われた15年”前では、消費・家計部門はGDP全体の7割超もありましたが(いまの消費大国である米国並み)、現在は皮肉にも6割弱から50%台半ばと言ったところまで落ち込んできています。

 この2つは相乗効果を生むキーワードと当時から期待されて来た一方で、そもそも利益相反を生むもの(≠効果的な成果を約束するもの)でもあった訳です。

◆長い経済低迷はまだ続く

 「長い経済低迷を抜け出した」と太田大臣は総括されたようですが、果たしてそうでしょうか。長いトンネルは、まだ続いています。一部大企業の業績(GDPに占める企業部門)の回復は、コスト削減により益出しによるものでしょう。デフレ不況下において、その特徴的な現象である、売上高が伸びない状況が続いているのが実態です。私の仕事上(企業向けコンサルティング)の感覚でもあります。

 また、コスト削減には賃金カットや雇用カットが含まれますので、労働者の所得は概ね下がり続けています。これで「経済低迷を抜け出した」と主張するのは、詭弁と言うべきではないでしょうか。私は海外で様々な政府部門やシンクタンクの専門家とも意見交換する場がたまにありますが、日本の経済情勢への客観的な評価はもっと手厳しいものがあります。

◆グローバリズムの本質

 「世界経済のダイナミックな変化」とは、いわゆる「グローバリズム」なる潮流のことを言ってます。私などが記すまでもなく、米国クリントン政権下で経済参謀を務めた、元世銀上級副総裁のスティグリッツ教授(ノーベル経済学賞受賞者、正確にはスウェーデン銀行賞受賞者)らによる、グローバリズムがもたらす大きな弊害・欠陥についての認識は、次第に広まりつつあります。きちんと勉強した読者でしたら、少なくとも手放しで賞賛できる代物ではありません。いつの時代にもある、時の覇権国による政治・経済思想(=神学)であり、その覇権を維持するための道具・装置と言ってよいでしょう。

【私流の注釈】 「グローバリズム」 ⇒ 古典派・新古典派経済学を基礎とし、民営化・自由化競争・規制緩和などを標榜する、ワシントン・コンセンサスに基づく国際機関(世銀、IMF、WTO)との連携を前提とする企業・銀行・政府という連合体(コーポレートクラシー)による道徳性をもたない神学のこと、と言ったところでしょうか。。。

 これに与することがわが国の真のパートナーシップであり、次世代の国家戦略なのかは、改めて大いなる再考の余地があるものです。

◆“世界経済のダイナミックな変化”を推し進める機構と日本のポジション

 特に、1986年の「前川リポート」により、急速に「国際協調のための経済構造調整」がはかられることになりました。「国際協調」と言えば聞こえがよいですが、世界市場という単一の市場において、古典派・新古典派経済学が標榜する“神の見えざる手”による効率化至上主義のパラダイムが持ち込まれたのです。

 このグローバル市場では、第二次大戦後間もなくして創設された、世銀、IMF、GATT(今のWTO)の役割が大きな効果を発揮するようになりました。あのケインズが関わったような、当初の設立意図・真意は、ここでは略します。1980年前後の英国サッチャーリズムと米国レーガノミクスの登場以降、特に1990年代の自由化・民営化・規制緩和の流れに合って、その意図は大いに変容してしまったと言えましょう。グローバル市場を牽引する、具体的には、同市場において事業展開する一握りのグローバル企業のビジネスを強力に後押しする、装置(国際機関)になっているのです。

 このような装置(仕組み=ワシントン・コンセンサス〔注3〕)を最大限利用できる企業が、実質、“国際競争力”も持ちえるのです。そして、この装置は、ワシントンの冠が付いているように、覇権国に有利にできています。この仕組みを変えない限り、わが国のODA戦略は大きな効果を生むことはありませんし、日本企業の多くは引き続き厳しい競争を強いられる(少ない果実を手にできる)だけでしょう。

◆近隣広域社会経済圏づくりに向けたパートナーシップへ


 さらに、ワシントン・コンセンサスに基づくグローバリズムの及ぶ最も深刻な先は、わが国を含む先進国ではなく、世銀用語で言うところのLDC(Less Developed Countiries、開発途上国)なのです。経済的格差を生み出す真因になっているのです。ある財界人(経済財政諮問会議委員)が2007年3月の『文藝春秋』で「財界だって格差社会はノー」と主張している姿勢は極めて重要なことなのです。本論から逸れますのでここでは、ここまでしか触れません。

 「財界人ら11人から成る専門調査会」では、このレポートの歴史的な意味を十分知った上で、安易なグローバリズムの流れに必ずしも乗らない、近隣諸国とのパートナーシップを前提に、わが国が牽引できるような、将来の域内戦略に真に寄与するようなものを提言頂きたいと思います。

≪調査会メンバー≫
★植田和男  :東大大学院教授=会長 (元日銀政策委員会審議委員)
☆氏家純一  :野村ホールディングス会長 (米国シカゴ大学経済学博士)
☆牛尾治朗  :ウシオ電機会長 (元経済同友会代表幹事)
☆大竹文雄  :阪大大学院教授 (雇用政策、所得格差問題の専門家)
☆川勝平太  :静岡文化芸術大学長
☆香西泰    :政府税制調査会会長
☆小島明    :日本経済研究センター会長 (日本経済新聞社顧問、米日財団理事)
☆小島順彦  :三菱商事社長
☆冨山和彦  :経営共創基盤代表取締役(元ボストンコンサルティンググループ日本代表、産業再生機構 元代表取締役)
☆西水美恵子 :前世界銀行副総裁
☆柳川範之  :東大大学院准教授 (契約理論、金融契約の専門家)

(ただ、このメンバーの顔ぶれを見るだけで、全員にではないですが、ある種の共通点を見出せます。読者はお分かりでしょうか? それが杞憂であればよいのですが。。。)

 今回のテーマは拡がりが広いですので、ここまでにしましょう。記事の後半の「過去の主な経済リポート」については、また別途。


≪用語補足≫『ウィキペディア(Wikipedia)』から:
=====≪quote≫
〔注1〕新古典派経済学
 新古典派経済学(Neoclassical economics)とは、経済学における学派の一つ。
 もともとは、イギリス古典派の伝統を重視したマーシャルの経済学をさしたとされるが、一般には、限界革命以降の、限界理論と市場均衡分析をとりいれた経済学をさす。数理分析を発展させたのが特徴であり、代表的なものに、ワルラスの一般均衡理論や、新古典派成長理論などがある。
 新古典派においては、物事を需給均衡の枠組みで捉え、限界原理で整理し、限界における効率性の視点で評価を行う。

 なお、代表的な批判の一つとして、労働者の限界生産力を重視し過ぎるあまりに障害者や貧困層といった社会的弱者の排除に繋がるといったものが挙げられる。

〔注2〕新自由主義
 新自由主義(英:neoliberalism、ネオリベラリズム)とは、市場原理主義の経済思想に基づく、均衡財政・福祉および公共サービス縮小・公営企業民営化・経済の対外開放・規制緩和による競争促進・情報公開・労働者保護廃止などをパッケージとした経済政策の体系、競争志向の合理的経済人の人間像、これらを正統化するための市場原理主義からなる、資本主義経済のレジームをいう。

 フォーディズム(労働者に高賃金を支払って大量生産による工業製品を一般市民に購入させ、それにより資本蓄積を図るとともに、大量の消費財を手に入れた市民の生活水準向上により市民の意識を保守化させ社会の安定を図るやり方)続く資本主義経済のレジームであり、フォーディズムを支えた、国家による富の再分配を主張する社会民主主義(英:Democratic Socialism)、国家が資本主義経済を直接に管理する開発主義国家の経済政策などと対立する。計画経済で企業と個人の全てが国家の管理下である共産主義とは極対軸の経済思想である。

 資金・財・労働力・技術など移動を自由化を前提するグローバル資本主義は、新自由主義を一国をこえて世界まで広げようとするものといってよい。
 

〔注3〕ワシントン・コンセンサス
 ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)とは、ワシントンDC所在のシンクタンク国際経済研究所(IIE)の研究員で国際経済学者のジョン・ウィリアムソン(John Williamson)が1989年に発表した論文の中で定式化した経済用語である。
 この用語は元来、80年代を通じて先進諸国の金融機関と国際通貨基金(IMF)、世界銀行を動揺させた途上国累積債務問題との取り組みにおいて、「最大公約数」(ウィリアムソン)と呼べる以下の10項目の政策を抽出し、列記したものであった。

 (1)財政赤字の是正、(2)補助金カットなど財政支出の変更、(3)税制改革、(4)金利の自由化、(5)競争力ある為替レート、(6)貿易の自由化、(7)直接投資の受け入れ促進、(8)国営企業の民営化、(9)規制緩和、(10)所有権法の確立。


(私の注)特に下線項目など、どこかの国の“成長なくして改革なし”なる「構造改革」プログラムと、随分と似ていませんか?

議論:
 『文藝春秋』2007年3月号に、伊藤忠商事会長で経済財政諮問会議委員の丹羽宇一郎が「財界だって格差社会はノー」という論文を寄せているが、このなかでワシントン・コンセンサスを、1989年のベルリンの壁崩壊後、社会主義の敗北が明らかになって以降、IMF、世銀および米国財務省の間で広く合意された米国流の新古典派対外経済戦略で、「小さな政府」「規制緩和」「市場原理」「民営化」を世界中に広く輸出し、米国主導の資本主義を押し広げようとする動きであると説明し、これに批判を加えている。


 また、ワシントン・コンセンサスの実現によって「格差社会」が世界中に広がっているという批判が経済学者ジョセフ・E・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)などから寄せられている。

関連文献:
 スティグリッツ『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』(徳間書店, 2006年」)

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コメント

 私の個人的な感想と意見ですが、確かに「グローバル化」が、流行っています。ただ、「グローバル」を口にするだけで、全く頭がグローバルに成っていない政治家や企業家が多い事に嘆きます。
 又、にわかグローバル・ビジネスなのに、イカにもという方も多いです。何か言葉遊びをしている感じです。それに、グローバルの定義が国や立場によって異なる事も変です。

 過去において憲法解釈でPKO問題が良くマスコミに騒がれましたが、何か似てる感じがします。
 それぞれの人によって、自分の都合の良い解釈をし用いている感じがして成りません。
 現在のマーケットを見ていると、日本人が日本企業に投資しないで、BRICsや欧米諸国に投資しています。国内にある資金は、ただ単に貯金して動かしません。

 社会不安もあるのは理解出来ますが、そもそも国内投資が何か罪になるかのような風潮が目に見えない感じで流れています。又、日本人が日本の政治や構造が徐々に理解及び見えてきて、呆れて諸外国に資金を投資している感じです。

 内需拡大と言っても、財政出動は出来ず国内資金は貯金で動かず、その資金を預かっている国内銀行は運用能力に欠如して、低利回りの国債をバンバン買っている様を見ていると、バカでも出来ると感じてしまいます。この流れにも制度疲労している所があり、何も改善されていない感じがします。

 財務省が先頭に立ち自分達の犯した過ちをやり過ごすかのように、未だに主導権を握る事に日々紛争している感じがして成りません。

 天下り問題でも、政府系ファンド設立問題でも、年金問題でも、税制改革の問題でも、暫定税率の名において半恒久化した税制構造問題にしても、屈折した国民に分かりにくい体系にワザトしている感じがします。

 何を言わんとしているのかと言うと、昭和時代の護送船団方式でないと、今の日本の状態では内需拡大は不可能です。しかし、失敗を失敗と認め綺麗に整理して身を正す事を政治、行政、旧態財界、が行ってきたのなら自然と内需拡大に運ばれていたのでは?もう国民は政治・行政を信じていません。
 余りにもレベルが低すぎる感じがしてならなにのは、私だけでしょうか?

 それと、単純な事ですが成長は永遠では無いと思います。新保さんの言われる通り「経済成長至上主義」方式には限界があります。立ち止まる事も、停滞する事もあるのが自然です。日本の経済は成熟期に入っているのに、拡大がまだまだ続くと希望的感覚を現実化しようとするなら何処かで歪が生じるのでは?もっと政治にリーダーシップのある方が出るまでは、サラリーマン感覚な政治家が多い現在では希望は持てません。

 だから多くの方は、日本人であるのに日本を買わないのでは?当然市場開放すれば、条件や環境の良い方へ移動してしまいます。又、逆に規制をすればただ貯金になるだけで、その先の機関が運用能力を向上出来なければ、構造上財務省管轄の産業は無駄ない国債ばかり買うでしょう。そして、政治家がその資金目当てに「おらが町に!」と又始まるのでは?

 私がこのところ感じているのは、経済学に基づく経済運営ではなく、もっと日本を改めて検証・分析をして日本を知り尽くさないと、大きなビジョンも改革も将来の希望も持てないと感じています。

 国土・気候・人・文化・習慣・風習・生活・財力・他、あらゆる日本の事を日本人が追及し現代から将来へかけてのビジョン作りを建前な事ではなく、打ち出される事があれば、グローバル化しようが、市場開放しようが、日本人が日本を買うのではないかと思います。
 そうなれば、おのずとして諸外国から目が向けられるのでは?

 日本の国力が「豚に真珠」状態になっている感じがします。(言葉が悪く済みません)

 チョット情緒的なコメントで失礼します。

投稿: modena | 2008年3月14日 (金) 01時36分

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