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2007年10月16日 (火)

【NIKKEI NET】デフレ下の販売奨励金廃止で携帯メーカーは敵対買収される

 20071016bizplus
 先日寄稿しておきました原稿が、『NIKKEI NET(BizPlus)』に掲載されました。
 次の≪オリジナル版≫の前半とほぼ同じものです。優秀な編集者のSさんにより、手を加えて頂きましたので、NIKKEI NET版のほうがはるかに読みやすいと思います。

 オリジナル版原稿は、先日の3連休の最終日である10/8(月)に一気に脱稿したものです。やや(?)荒い部分もあろうかと思います。この原稿の後半には、NIKKEI NETでは紙面の都合で掲載していないものを記しています。やや専門的かも知れません。

 書き過ぎといった感もあるかも知れませんが、もし今般の販売奨励金を巡る日本の生態系(システム)を急に変革した場合のシナリオとお考え下さい。

 政策当局も業界のみなさんが言うように、2010年頃にかけ、本当に徐々に今の生態系に手を加えていこうとするならば、その間の想定外の変化に対して、それなりの有効な打ち手も出てくることでしょうから、この原稿でのシナリオは私の思い過ごしに留まることでしょう。

≪オリジナル版≫
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■第17回「デフレ下の販売奨励金廃止で携帯メーカーは敵対買収される」
(2007/10/16)

 今月(2007年10月)初旬、KDDIが「通話料安く」かつ「端末高い」新料金の体系を発表し、世間の注目を集めている。今回の発表では、消費者やメーカーを両にらみするかたちで、さまざまな配慮が見られる。しかしながら、今般の携帯電話会社の行動とその背景になっている規制当局の政策が、最悪のシナリオに結びつく可能性もある。またこのシナリオをいかに回避するか。このことを簡単に指摘しておきたい。

◆携帯端末メーカーの最悪のシナリオ

 最悪のシナリオとは、日本の技術の粋を集めた携帯端末メーカー11社のうち4~5社程度が敵対的買収の対象となり、技術流出につながったり、市場の再編(携帯事業部門の売却)・リストラを通じ失業を生み出すことで、一層デフレ経済を固定化したりしかねない危険な状況を指す。

 そうなれば、商品(携帯電話端末や携帯電話サービスなど)の売れ行きが悪くなる。売れないので各社はさらなる値下げする。そして値下げした分、企業収益は悪化する。すると企業の従業員の給与削減となり、家計が苦しくなり、商品・サービスの購入を手控える。こうしたデフレスパイラルを通じ、さらに景気が悪化していく。実際、民間給与は9年連続減少しており、2006年度ではわずか435万円ほどだ〔国税庁統計2007年9月27日〕。そして、景気については「デフレ脱却は視野も」といった感覚とは程遠く、むしろ「まだ足踏み状況変わらず」(翌28日の大田弘子経済財政担当相談)といった認識が正しいだろう。

◆KDDIの新プランはよく配慮されたものだが・・・

 今般のKDDによる携帯電話端末の新しい購入方法となる「au買い方セレクト」の発表は、携帯電話の事業モデルの見直しを進める総務省の「モバイルビジネス研究会」が公開した報告書(2007年9月18日)を基にしたもののようだ。現行の販売制度では、携帯電話事業者が販売店に端末販売奨励金を提供し、その上で販売店は奨励金を原資に端末の値引き販売することで、消費者は本来の製品価格よりも安く購入できる。しかしこの奨励金は、およそ2年間消費者の月額利用料に上乗せされる形でユーザーから回収されている。したがって、毎月の利用料が高めであるとか、2年間より利用期間が短いか長いかで、消費者にとって不透明や不公平感があるとの指摘があり、モバイルビジネス研究会が是正を求めていた。

 今回のKDDIの新プランでは、従来の販売モデルを改善させた「フルサポートコース」と、販売奨励金を適用せずに通話料を割り引く「シンプルコース」の2つで構成されている。同社によると「直ちに販売奨励金を全廃すれば、端末流通に混乱が起きる。新制度の動きを注視しながら今後の展開を検討したい」とのことだ。そして、段階的に販売奨励金の廃止を進めていく模様だ。また、製造コストを引き下げたローエンド端末の拡充や、契約期間や利用金額の多様化なども検討していくそうだ。したがって、当面大きな混乱はほとんど無いと想像されるが、これを機に携帯電話市場がこれから大きく変容していく可能性もある。

◆精緻な経済システムへの些細な変更がデフレスパイラルを拡大

 特にデフレ経済が続いているときには、その可能性が高まる。不均衡経済下においては、社会システムのほんの些細な変更が、いまのデフレスパイラルを拡大することにつながる。ましてや、現行の市場構造を大きく変更することには慎重であるべきだ。いまの携帯電話市場は、大変微妙な仕組みの上で成立している。端末販売奨励金制度はその最たるものである。

 携帯電話市場は、規制産業であるため、市場の健全な発展のためには、企業の行動には一定の足かせ(=規制)が不可欠となる。規制行為は決して悪ではない。言い換えると、常に「規制緩和の方向がよい」という、経済学における新古典派的な考えは、特に需要と供給が不均衡であるデフレ経済下では幻想に過ぎない。また、それでも規制緩和を推し進めようとするならば、意図的な目標誘導を狙っていることがその背景にあると考えたほうがよい。

 携帯端末の買換え需要が年5,000万台(ほぼ2年間で1億台が一巡する)ほどあるわが国の携帯電話市場は、かなり精緻な(または特異な)生態系でできあがっており、エコシステム(あるいはガラパゴス列島)と呼ばれている。その上、デフレ不況下にあるため、消費者が買換えを手控えたり、携帯端末の購入金額が安値に向いたりすることは十分考えられる。携帯端末メーカーや販売店への売上高が、仮に5%の減収になったとしよう。実際には2005年度の携帯電話市場のデータを参考にすると、10%超にもなる可能性がある。わずか5%の減収でも、両者の経営面への打撃はかなり深刻となる。ここでは、端末メーカーを例にとってみよう。

◆5~10%の市場規模縮小で携帯端末メーカー数社の事業継続は困難に

 現在の携帯端末価格が平均4万円だとすれば、年間5,000万台の需要があるため、携帯端末メーカー11社により、売上高2兆円ほどの市場を形成していることになる。ここで売上高2兆円に対する5%ほどの減収インパクトである、約1,000億円のボリューム感を考察してみよう。

 簡単な推定により、携帯端末市場の売上高構造が、上位メーカーと下位メーカーにおいて、その社数分布比で3対7、売上高分布比で7対3ほどであるとしてみよう。この場合、下位メーカー7社の売上高合計は6,000億円(=2兆円×0.3)となるため、1社の売上高平均は約850億円(=6,000億円÷7社)足らず。ここで、なかでも収益パフォーマンスの低いと思われる最下位メーカー3社に、仮に減収分の1,000億円の7割ほどが及ぶとすれば、下位メーカー1社当たりの販売額減収分は約230億円(=1,000億円×0.7÷3社)ほどとなる。

 下位7社の端末メーカーの営業利益率が4%ほど(やや楽観的)に落ちていると想定すると、下位メーカー1社の平均営業利益は34億円(=850億円×4%)程度。この水準では、販売額減少(約230億円)によりスケールメリットが縮小し固定費が(損益分岐点も)上がることで、同社の営業利益の大半が消失してしまうことになりかねない。下位メーカーのボトム近辺企業では、少なくとも2~3社の事業継続は困難になっていく(または撤退を余儀なくされる)ことだろう。仮に携帯端末の買い換え需要がその倍の10%ほども手控えられるとなれば、携帯端末メーカーへの深刻さはさらに増し、半数近くの4~5社程度は抜本的な経営の見直しを迫られるだろう。

◆携帯端末メーカー11社は本当に多いのか?

 高々5~10%程度のわずかな変化が個々のメーカーに大きく影響を及ぶすのは、11社もある携帯端末メーカー数の問題と、国内で高々2兆円ほどしかない携帯端末市場規模の問題という両方の要素から生じるものだ。ちなみに、主要3社の携帯電話会社の提供するサービス市場は9兆円ほどにもなる。ここで「だから携帯端末メーカー11社は多すぎる。グローバル・トップワンを目指すべきだ」と言う声が聞こえてくる。このことは半分その通りかも知れないが、半分は誤った警戒すべき見方だ。

 そもそも高い技術力をもち、わが国経済の生産部門に直接寄与できる携帯端末メーカーが11社も存在するという産業セクターの存在は、悪いことなど決してない。市場プレイヤーが多数あり、さまざまな技術が凌ぎを削る状況は、むしろ液晶や電子部品など周辺の部材・素材メーカーの広い裾野を形成することにもつながり、日本の製造業の強さを示すものなのだ。1990年代の米クリントン政権下(2期8年間)で米国のGDPは1.5倍となった。反面、わが国のGDP成長はほぼゼロだった。経済のパイが増えなかったことは、必ずしも産業レベルの競争力の問題ではない。財政政策(いかに総需要を管理するか)と金融政策(経済の生産部門にいかにマネーを供給するか)の問題だ。

◆日本の携帯端末メーカーに競争力が無いと喧伝するのは景気の舵取り失敗と同義

 わが国が過去10~15年間まともな(いやごく普通の)舵取りを行い経済成長していれば、この「社数の多さ」についての否定的な見方は影を潜めていただろう。これは日本経済の強みでもある産業構造だったのだ。この産業構造をいま変更しようとする動きは、1990年代に始まったデフレ経済を通じた自信消失という国民的な体験に由来する。あるいは、グローバリズムに順応しようという、グローバリズムの正体を見極めることなく安易に迎合しようとする、国民的な価値観の変更から来るものだ。しかし、産業構造を変更することでグローバル競争に勝てる保証は無い。むしろ1980年代の産業構造のほうがグローバル競争に強かった。むしろ、この時代の強さを再発見することが求められているのだ。

 根本的な問題はデフレ脱却ができていないことに尽きる。日本メーカーの技術力が弱い訳ではない。このことは、先日お会いした韓国の財閥系エレクトロニクスメーカーの経営トップらも認めていた。また、ビジネスモデルが必ずしも貧弱だからでもない。いいものをつくっても売れない、もしくは一定の利益率を確保できないのは、総需要が不足しているからだ。つまりマクロ経済の問題なのだ。

 確かに総需要が不足している中にあっても、例外的と言えるほど携帯電話産業だけは勢いがあった。ただ携帯電話産業が経済全体の実質取引額(GDP)を増やしたのではなく、あくまで他の産業セクターからの取引額が、自らの携帯電話産業へシフトしてきた結果である。経済全体の総需要が不足している状態とは、このようなことを指す。

 この問題を無視して、「社数」を減らしてスケールメリットを出して効率性を求めても、市場全体の収益配分が変わるだけだ。撤退を余儀なくされる下位メーカーの収益が上位メーカーにシフトすれば、上位企業のパフォーマンスが上がるかも知れないが、市場全体の大きさ・量は変わらない。量を増大できずに多くの従業員の雇用が奪われることになれば、総所得が減少しその結果総需要を減らすことで、日本経済にも悪影響を及ぼす。当然、上位メーカーの端末の売上高はやがて伸び悩む。携帯電話会社のサービス市場のパフォーマンス低下にもつながる。そうならないよう、今はデフレ脱却・景気回復まで耐えることが重要だ。

◆市場規模の問題もマクロ経済という大海の流れに起因

 また、「市場規模の問題」も同様に、個々のメーカーだけに帰着する問題ではない。携帯端末メーカーの売上高が小さいのは、携帯電話会社との力関係で決まる価格決定権の弱さもあるが、ここでも最も大事なことは、メーカー日本丸という船が進む、景気という大海の流れが逆向きである(または止まっている)という近因要因だ。また遠因要因としては、グローバルで競争するために不可欠であった、通信方式のデファクト標準覇権を制することができなかったという背景がある。この近因と遠因の絡む問題を解決することが求められている。

 ここで携帯端末メーカーの株価収益率PER(=株価÷1株当たり純利益)をチェックしよう。名だたる電機メーカーのPERは20~40程度という低さ(一部の赤字決算企業においてはマイナスもあること)にある。また買収しやすい“お買い得”ラインを示す、株価純資産倍率PBR(=株価÷1株当たり純資産)では、携帯端末メーカーのかなりは1.0すれすれの状態にある。つまり、今の株安と円安、それに今年5月の三角合併解禁は、日本を代表する電機産業メーカーでもある携帯端末メーカーをも、容易に買収しやすい状態にしてしまっていることに注意を要する。株安については自社の努力・競争力に帰することでもあろうが、円安と三角合併解禁については、政府・日銀の舵取りに帰する問題だ。

 2000年のIT・通信バブル崩壊後の状況のごとく、最近では外資ファンドが勢いづいている。ファンド会社のDNAとは、株安時期に触手を伸ばし高値で売りさばき、短期利益を獲得することと言えよう。外国人の日本株買い越し額は、バブル崩壊後の2003年以降急速に増加し、最近では10兆円を超えている。手元の潤沢なキャッシュに加え、株式交換方式を駆使し、5月以降”Buy Japan Out”(日本買い)が容易にできるようになっている。なぜ、このような状況になることを許してしまったのか。あたかも誘導されているかのような“偶然”がいま起こっているのだ。たまたま重なったというだけで、恐らく私の杞憂(きゆう)だろうが、この状況から目を背けてはならない。

◆市場構造の無闇な変更で敵対的買収に直面することにも

 このような時期に、日本経済を左右する生産部門の代表選手たる携帯端末メーカーを、敵対的買収から守ることは極めて重要だ。「市場競争に委ねれば神の見えざる手により多くの問題が解決する」とか、「今が2010年に向けた日本の大手電機改革のラストチャンス」などと言う、一部の証券アナリストが持つ考え方はとるべきではない。日本メーカーのもつハイテク流出にもつながりかねないし、ひいては安全保障の問題にも及ぼう。繰り返しながら、雇用の縮減はデフレ不況を固定化する。また何よりも労働者当人にとって、失業ほど惨めで深刻な社会的制裁はないだろう。

 したがって、今般のように「直ちに販売奨励金を全廃すれば」といった産業構造を大きく変えることの弊害や危険性を、このような社会経済全体の中でしっかり見極めることが大事だ。デフレ下の販売奨励金廃止で市場構造が変容すれば、遠からず携帯端末メーカーは敵対買収される憂き目に直面すること必至だろう。仮に産業の構造変革をいつか成すにしても、それは経済成長や産業発展がある程度見込めるタイミングで行うことが不可欠である。そのタイミングを見誤ると、結局日本の国益を失うことにつながる。これは当該産業の国際競争力を強化しようという以前の問題なのだ。

(注)以上までは、ほぼ同じ内容を『NIKKEI NET(BizPlus)』にも掲載しています。

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◆公共政策系大学院の修士論文を題材にKDDIの新料金プランの意味を考える

 蛇足ながら、少し付け加えておこう。この原稿を書くに当たり、「携帯電話市場における端末販売奨励金の廃止に関する費用便益分析」に関する論文が目に止まった。ある国立大学の公共政策系大学院の修士論文だと思われる。「費用便益分析」とは、特定のプロジェクトや政策が社会の厚生(便益)を増加させるかどうかを評価するものだ。ミクロ経済学下の学術論文としては、なかなかのものであり、よく勉強している様子がうかがえる。

 その論文の結論を抜粋すると次のようなものだ。≪端末販売奨励金廃止は、社会的便益を4.4兆円(=端末分1.5兆円+通話分2.9兆円)ほど増加させるという意味において望ましい政策であり、導入に向けた検討を進めていくことが望ましい。しかし、その一方、端末販売奨励金を廃止することによって負の影響も想定される。便益の増加をはかり、かつ携帯電話産業の発展に資する形での導入が求められる。≫

 論文の公表時期は2007年春頃と推定される。なるほど。この結論はあくまで想像だが、冒頭の「モバイルビジネス研究会」報告書にも多少なりと影響を及ぼしたに違いない。国が当該研究会を運営している最中に、別途アカデミックな裏づけをとろうとすることはよくあることだ。弊社(日本総合研究所)もそのようなかかわりを直接・間接的に持つことがある。

◆本当に社会的便益はプラスになるか?

 「負の影響も想定」してはいるものの、端末分と通話分という2つの要素の和から成る社会的便益は、本当にこれほどの大きさにもなるのか。その前提と結果に疑問が生じる。まず「端末分」で、買換えサイクルが現状の2年弱から約3年弱へ1.5倍ほど増える計算結果について、≪端末買い替えサイクルの長期化により、携帯電話市場における機能やサービスの進展が鈍くなる可能性が高い。その結果、中長期的に携帯電話産業全体の成長性を低下させるリスクが生じる恐れがある≫と指摘。この点には賢明な洞察の跡が垣間見える。端末買い替えサイクルの長期化は、市場の変容を強いるものになるからだ。

 しかし、「通話分」の計算については、やや過度な数値ではないだろうか。昨今のデータ通信傾向の高い消費者の利用実態を考慮すると、音声通話の時間の伸びがもたらす消費者余剰(取引から消費者が得る便益)は、論文が示すほど大きな値にはならないだろう。もはや消費者の習慣化された行動が、携帯電話利用の一定期間(例えば1日)の限られた可処分時間内での利用実態を大きく変えることはないだろう。言い換えると、通話料金が下がったとしても、想定された需要関数のもと計算される利用時間の増大には自ずと制限が加わるということだ。

 さらに、この通話分の社会的便益2.9兆円を導く際の前提となっていた、「端末販売での収入増加分と相殺するように通話料金を下げるという設定」について。現実的にはこのような相殺の可能性は低いだろう。たとえどのような制度変更の場面にあっても、携帯電話会社が自ら収入増加を実質相殺するような行動に出ることは考えにくいからだ。

 つまり、2.9兆円という消費者余剰は、これら2つの要素(過分な音声通話時間の伸び、携帯電話会社の利益相殺行動)を再考することで、実際はもっと小さくなるだろう。したがって、“ある一定条件下”(後述)で算出される、4.4兆円もの社会的便益なる結果はかなり割り引いて考える必要がある。もっと別の要素(外部性など)を勘案すると、社会的便益がマイナスになることさえもあるのではないか。

◆費用便益分析アプローチの限界

 論文の最後では、≪現実的な選択肢としては、販売奨励金を減少させていき、端末価格と通信料金のバランスを是正していくこと、あるいは販売奨励金の有無を消費者に選択可能にする(現状の価格設定に加え、端末価格が高く通信料金が安いプランの創設)ことが考えられる。これらの組み合わせにより、市場における社会的余剰の改善と、産業全体の発展を両立できる方向性を模索していくべきであると言えるだろう。≫と締めくくられている。

 これは重要な指摘であると同時に、論文記述の基本的アプローチである費用便益分析手法の枠を超えたメッセージでもある。このことはまさに「モバイルビジネス研究会」報告書の記述にも通ずるものであり、ひいては今般のKDDIによる「端末価格と通信料金のバランスを是正」した、新プランの発表につながったと見ることができよう。

 特にもし「産業全体の発展を両立できる方向性を模索していく」といった配慮なしに、費用便益分析の結果のみで事を判断するとなれば、政府も産業界も大きな過ちを犯すことになる。費用便益分析の前提となる、厚生経済学(ミクロ経済学の一種)の基本定理を用いるには注意が必要だ。この定理では、“ある一定の条件”が満たされるとき、競争均衡ではパレート効率的に(誰かの状況を改善しようとするとき必ず他の誰かの状況を悪化させてしまうような状況下で)資源配分が達成されるとする。つまり、競争均衡では社会的余剰(ある経済活動から社会全体が得る利益)が最大化されると。

 しかし、本稿で何度も述べているように、デフレ経済下の状況とは、「ある一定の条件が満たされないとき」、例えば“外部性”が存在するとき、すなわちある経済主体の行為・経済活動が他の経済主体に対して市場を通さずに及ぼす影響があるときを指す。シンプルに言い直せば、デフレ経済下では競争均衡にはないため、競争を通じた資源配分の最大化は期待できない。

 したがって、デフレ経済という需給不均衡の状態にある場合、残念ながらいくら精緻な社会的便益分析を試みても参考程度にしか役立たない。国の研究会での構成員の多くで、また場合によっては政策担当者らにおいても、こうした経済全体のメカニズムの基本かつ重要な事項に対し、まったく目が向かないか、ときに恣意的に無視することがあると思われる。特に携帯電話産業のような、わが国にとって重要かつ戦略的な産業セクターの舵取りにおいては、社会的便益分析アプローチを補うマクロ経済(=財政政策と金融政策)の視点が大切なのである。

◆マクロ経済管理の要諦と経済成長の原理原則

 紙面の都合で一言だけ示そう。マクロ経済管理の要諦は、財政政策と金融政策がセット行れるべきということだ。そして財政政策では、携帯電話産業のような将来のデジタルインフラの投資を担う産業セクターが、インフラ上のアプリケーション領域下で生じることになる総需要をいかにコントロールするか。具体的には例えば、新たなデジタル国土環境(モバイル通信基地局など)の整備に加え、国民の需要が高い医療環境整備、教育整備など、経済の生産部門における総需要をいかに刺激し管理するかにある。

 一方、金融政策の核心は、こうした生産部門にマネーを回す(「貸し出し量=信用創造量」を増やす)ことに尽きる。経済の生産部門にマネーが回れば、それら領域の需要を刺激することになる。前述のような領域ではマネーは不足しているくらいなのだ。この2つの政策を並行してセット行えば、経済成長メカニズム(貨幣に関する交換方程式)の原理原則から景気は回復する。

 携帯端末メーカーの体力回復にあたっては、あくまで競争を通じた単なる資源配分の問題ではなく、こうした国内での市場全体のパイ・量を増やすことが必要条件なのだ。その上で自らの体力が回復できて(十分条件を達成して)こそ、国際競争にも臨めるというものだ。この順序を無視して、携帯端末メーカーの国際競争力の抜本的な強化は断じて望めない。
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