« 【論考】2007年の情報通信産業の見通しと国際競争力(2006/12/25) | トップページ | 【論考】“国際競争力”神話がもたらす弊害(2007/05/01) »

2007年4月24日 (火)

【論考】ケータイ新規参入者を“伝説の騎士”とするために(2007/04/24)

 今春(2007年3月末)、イー・モバイルが、13年ぶりに携帯電話市場の新規参入した。向かう強敵(巨人)に対して、驚くなかれその回線卸売り価格として3分15円といった破壊的な料率(通常の1/3~1/8倍)を要求。その巨人からは、「自分はこの国(市場)を支配する事業者ではなく、法的根拠もないため応じられぬ」と突っぱねられた。かくして新参者は、見果てぬ夢を追い続けたドン・キホーテとなってしまうのか。

◆イー・モバイルの千本会長はドン・キホーテか?

 ドン・キホーテとは、激安の殿堂ドンキ王国のことではない。スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスによる小説名のことだ。17世紀の初頭、ヨーロッパで流行していた騎士道物語を読み過ぎて妄想に陥った下級貴族の主人公が、自らを伝説の騎士と思い込み、「ドン(上位の貴族名)・キホーテ(当人の名前)・デ・ラマンチャ(出身地名)」と名乗り、従者(サンチョ・パンサ)を引きつれ、痩せこけた馬(ロシナンテ)にまたがり、遍歴の旅に出かける物語である。読書にはこの物語をもとにしたミュージカル作品「ラマンチャの男」のほうが、馴染みがあるかも知れない。

 巷で報じられる雑誌記事などには、ケータイ市場への新規参入者をドン・キホーテ扱いにする風潮があるようだ。無闇に配慮する必要はもちろんないが、意欲と能力を持ち合わせた事業者が新規参入を果たし、最近飽和感が高まった携帯電話市場に変化・変革をもたらすことにつながるのであれば、それを期待したい。それには、国ないし規制当局はマクロ環境を整備しつつ、市場に競争を導入すること、そしてその土俵の上で事業者間が切磋琢磨することが求められる。結局これが、わが国の携帯電話産業の国際競争力をも強化し、同時に利活用への利便を高めることになろう。

◆13年ぶりのケータイ市場への参入は「二度目の旅」

 私はイー・モバイルの千本会長を巷の記事のように、文字通りのドン・キホーテ扱いするつもりはないが、その小説の示唆するところは、現在の携帯電話市場にもつながることだと感じる。しばらくその物語を追ってみよう。

 ドン・キホーテは、遍歴の旅にも路銀や従士が必要だという宿屋の亭主の忠告に従い、彼は路銀をそろえ、甲冑の手直しをして二度目の旅に出た。さしずめ、「路銀」とは、3,600億円の手持ち資金といえよう。米ゴールドマン・サックス、シンガポールの政府系投資会社テマセク、あるいは吉本興業やTBSなどから得た軍資金である。また、「従士」とは、ADSLブロードバンド事業から今般の携帯電話(モバイル)事業に参入するための人材だ。

 「痩せこけた馬」は東名阪を中心に整備中の携帯電話網、「甲冑」は既設のADSL資産であり、最新鋭のケータイ端末EM・ONE(エムワン)とでも言っておこう。こうした準備を整え、「二度目の旅」すなわち今般のケータイ市場への参入を果たしたのだ。

◆ダビデの「小石」と・・・

 物語はさらに続く。やがてドン・キホーテと彼の従士サンチョは、数十の風車に出くわした。それが巨人だと思いこんだドン・キホーテは全速力で突撃し、吹き飛ばされて野原に転がった。サンチョの再三の現実的な指摘にも耳を傾けない。ドン・キホーテは魔法使いが自分を妬んで、巨人退治の手柄を奪うため巨人を風車に変えてしまったのだと言い張り、なおも旅を続ける、といった具合だ。

 巨大な風車に立ち向かう様は、ボーダフォン日本法人を買収し、いまも巨人を本気で倒そうとしているソフトバンクモバイルの孫社長とも重なる。ある面、千本会長も同様だろう。「魔法使い」は規制当局とも読めなくもない。もし、新規参入者が本物の「ドン・キホーテ」とあらば、この物語をとりあげることの真意ではない。“伝説の騎士”の物語をつくって欲しいものだ。

 ただし、この新たな物語は、普通のことをやって決してできるものではない。自らの「矛」と「盾」を強力なものとする必要がある。どんな盾も貫く矛を持ち、一方でいかなる矛からの攻撃も防ぐ盾が必要だ。加えて、ケイパビリティ(組織対応能力)を高めることで強固な騎士団(軍団)を整えることが不可欠になる。

 だが、たいがい新規参入者には、鋭利な矛は揃っていても、盾は意外に貧弱であることが多い。意欲と能力のある人材を揃え、士気の高い組織(軍団)をつくることも可能だろう。例えば、古代イスラエル王国の礎を築いたダビデ王のごとくだ。ダビデは投石袋から小石を取り出し、ペリシテ人の巨人戦士ゴリアテめがけ石投げ紐で石を飛ばした。小石は巨人ゴリアテの額にのめりこみ、ゴリアテは倒れた。この場合「小石」が矛(攻めの武器)である。その後のイスラエルは、強固な王国となった。

◆イー・モバイルのEM・ONEは、現代版の「小石=矛」となるか?

 端末EM・ONE(エムワン)は、新規需要を呼び込めそうな強力な「小石=矛」になる可能性がある。具体的にはこうだ。

 米クアルコム(通信系半導体大手)の「チップセット」は、グローバル展開見込んだ1.7MHz帯向けへの布石になる可能性がある。また、米マイクロソフトの「Windows Mobile」も、やはりグローバル展開を見込み、将来のスケールメリットを見込んだものになるかも知れない。第3世代携帯電話の技術をベースにした3.6Mbpsのパケット高速通信を実現する「HSDPA」(High Speed Downlink Packet Access)仕様は、ソフトバンクの台湾HTC製端末やウィルコムの対抗軸になるものだ。

 シャープの「ワイドVGA」液晶画面は、持ち運び可能な新たな“PCコンセプト”を普及させるかも知れない。そして、ディスプレイに映し出されるヤッパ社の「3Dブラウザー」は、今後の消費の鍵を握る生産消費者(プロシューマー)の需要を喚起することに寄与するかも知れない。

◆販売奨励金で形成された閉じた生態系に新たな成長をもたらせるか?

 このように「矛」はかなり研ぎ澄まされているように見える。新規端末を構成する技術・部品においては、グローバルスタンダードが強く意識されている。グローバルで通用するものとなれば、規模の経済性が働き、これら部品・部材をさらなる低コストで自社に有利な条件で調達できる可能性がある。イー・モバイルがいきなり海外展開することは非現実的であるが、国内市場に投入する端末の販売価格を、販売奨励金モデルを用いずに、下げる効果があろう。

 携帯電話通信料金の約四分の一も占める販売奨励金は、国内の携帯電話会社がメーカーから端末を安定的に買い上げるため、端末メーカーにはそれが甘い蜜となり、わが国の国際競争力を殺いだ結果となってしまった。携帯電話端末の分野では、フィンランドのノキアや米モトローラや韓国のサムスンなど海外4社だけで4分の3を占めており、日本の携帯メーカー11社をすべて合計しても1割程度の実態にある。携帯電話の電子部品(その数は500~700個で約6割を日本が世界に供給)では競争力があっても、端末では大きく出遅れている。

 さらには、端末価格が携帯電話のサービス料金の中で回収されるため、サービス料金が高止まりする状況にもつながっている。携帯電話会社を頂点とし、そこに従うかのような端末メーカーと販売代理店などの製造・流通機能が“垂直統合”(パターンA)された、精緻な生態系ができあがっている。この生態系はあまりにも完成されているため新規参入は難しく、また参入できたとしても、この進化の流れに自らを適応させ生きながらえることはさらに難しい。こうして携帯電話市場の発展の妨げにもなっている。

◆脆弱な「盾」では、進化の階段は上れない

 さて、「盾」とはイー・モバイルの場合、さしずめ「ネットワークインフラ」のことになるだろうか。もちろん、ネットワーク網は、攻めのための「矛」の要素もある。「盾」がしっかりしていることで、サービス料金を確保し自力をつけていくことで、新たな「矛」を研ぐこともできるものだ。具体的な「盾」とは、例えば次のような基地局などのネットワーク基盤を指す。これが脆弱だと巨人につけ込まれ勝算は遠のく。

 イー・モバイルでは「基地局」は、中国の華為技術製とスウェーデンのエリクソン製のものが用いられ、低コスト化が実現されているようだ。運用コスト(Opex)は部分的に10分の1程度になると見込まれる。しかし、初期段階で発生する設備投資コスト(Capex)要素である、鉄塔工事等を自前で用意するとなれば、グローバルスタンダードはここでは効かない。Capexの低コスト化はさほど期待できないのではないか。

 ソフトバンクモバイルでは、ネットワ―ク関係の投資だけで数千億円をかけて行っているようだが、イー・モバイルが手にしたずべての「路銀」(3,600億円)をかけてもとても足りない。もちろん、いきなり全国展開をする必要はなく、当面の営業エリアを東名阪に限れば、一定の新規データ通信需要は満たせよう。しかし、音声サービスを2010年に全国展開することは、自前の設備だけではとても厳しい。ましてや現行の設備キャパシティから推定して、データ通信サービスとは異なり、音声サービスを定額で行うのは至難の業だろう。

 持たざる者は巨人と「ローミング」契約を結ぶことで、全国網の擬似的整備をはかっている。ローミングとは、ユーザーが契約している通信事業者のサービスを、その事業者のサービス範囲外でも、提携している他の事業者の設備を利用して受けられるようにすることだ。持たざる者にとって、たとえ巨人の手の平に乗ったとしても、事業を拡大していけるかどうかが死活問題となっているのだ。

◆“ドン・キホーテ”か“伝説の騎士”か?

 このような状況下にあるため、巨人に立ち向かおうとする千本会長がドン・キホーテに映るのだろう。冒頭のとおり、巨人は法的根拠がないことを理由に、「卸売り価格のタリフ(料率)化」を突っぱねている。わが国の場合、国民の財産でもある希少資源の電波は免許制度のもと配分されている。したがって、電波資源を最大限有効活用(市場の発展、国際競争力の強化、そして国民への利便向上)できるとすれば、根拠がない訳ではないだろう。しっかりとした根拠が見出されるのであれば、法制度はそれに合わせて改変すればよい。

 また、規制当局の競争促進政策の目玉となっている、仮想移動体通信事業者「MVNO」(Mobile Virtual Network Operator)が手がける事業・サービス促進問題がいま話題になっている。イー・モバイルの親会社であるイー・アクセスは、自社のADSL網をNiftyやソネットエンタテイメントらへ貸し出す(卸売りする)件で交渉中のようだ。どの巨人も、前述のパターンAに加え、端末、インフラ、課金プラットホームおよびサービス(コンテンツ)を“垂直統合” (パターンB)するビジネスモデルをとっているのに対し、イー・モバイルは“水平分業”を目指しているようだ。イー・アクセスやイー・モバイルの携帯電話市場への参入で、MVNO市場が開拓されれば、ISPを筆頭に多くの企業がモバイルビジネスに参入しやすくなる。そうなれば新たな競争も促進され、さまざまなイノベーションが生み出されることだろう。

 イー・アクセスとイー・モバイルのネットワーク基盤(盾)および端末(矛)を巡る動きは、一企業の問題では留まらぬ重要な問題を孕んでいると言えよう。だから、一見“ドン・キホーテ”に見えるケータイ新規参入者が、今後“伝説の騎士”となれるかどうか、その動静が注目されるのだ。

|

« 【論考】2007年の情報通信産業の見通しと国際競争力(2006/12/25) | トップページ | 【論考】“国際競争力”神話がもたらす弊害(2007/05/01) »

3.情報通信・メディア・ハイテク産業」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【論考】ケータイ新規参入者を“伝説の騎士”とするために(2007/04/24):

« 【論考】2007年の情報通信産業の見通しと国際競争力(2006/12/25) | トップページ | 【論考】“国際競争力”神話がもたらす弊害(2007/05/01) »