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2006年2月 9日 (木)

【論考】通信と放送の融合を読む(NHKの存在意義)(2006/02/09)

 2006年は、本格的なコンバージェンスの時代の予感がする。通信と放送の融合、FMC(固定網と移動網の統合)など、コンバージェンス(融合や統合)が時代のうねりとなっている。情報技術(IT)または情報通信技術(ICT)のイノベーションは、産業全体のあり方や構造を変えようとしている。

 このコンバージェンスについては、これまで私が別ページで論じてきたものとして、バックナンバー:「“IT革命第2幕”を勝ち抜くために」に再掲した。

◆NHKの存在意義に帰着

 今年(2006年)の、いや将来のIT産業のトレンドを左右するものとして、まず竹中大臣懇(私的懇談会)におけるNHK改革問題を取り上げよう。

 ≪NHKの改革に関しては、私的懇談会で(1)不祥事を踏まえガバナンス(企業統治)の根本的な見直し(2)公共放送の役割や受信料制度の在り方―などを議論する考えを表明した。NHK民営化論については「公共放送は必要で、基本的に民営化とは少し違う方向と思う」とした上で、「公共放送の範囲がどれくらい必要かということや、コア(中核)でない部分をどうするかいうことを議論する。受信料制度がいいのかどうかも問題」と語った。≫(NIKKEI NET 2006年1月8日)

 NHKの存在そのものが変容した。戦後の昭和時代には、力道山(伝説的なプロレスラー)の試合見たさに、街頭テレビに大衆は群がった。いまや力道山というコンテンツをしのぐまでとはいかないまでも、さまざまなコンテンツが山ほどある。

 テニスのシャラポワ、卓球の福原愛、俳優の仲間由紀恵、山本耕史などなど。そして、NHK紅白歌合戦の裏番組が増えた。人気の俳優を司会役にできても、消費者は他の媒体でもお目にかかることができる。民放の存在だ。放送開始初期の頃のような独占事業ではなく、競争の時代にとっくの昔に突入している。

 1951年の第1回紅白歌合戦の出場選手はわずか14組であったが、2005年では60組に増えた。一昔は夜9時スタートであったが、最近では午後7時20分からに放送枠を拡げている。NHKとしてはその存在感を示し続けたいのだろうが、結果、民放と視聴率競争をしている。

 目玉のこの番組(紅白)にしても、もはや国がやるべきようなことだろうか。民業圧迫は放送業界では許されるのか。これだけを見てもNHKは事業を拡大し過ぎている。国の事業は、国しかできないものをやればよい。NHK改革の本質は、国しかできないことだけに事業範囲をとどめること。原点に帰ることだ。

◆NHKが存在感を示せる選択肢

 通信の世界では、FMC(固定網と移動網の統合)などの動きが、今年は固定電話事業者のみならず携帯電話事業者からも活発化していくだろう。そのなか、通信インフラを通じさまざまなコンテンツが消費者へ簡単に届くようになると、コンテンツそのものの価値が自ずと高まっていく。通信と放送の融合の死生を制するのは、コンテンツに帰着するともいえよう。

 その豊富で高質なコンテンツ資産を膨大の所持しているのもNHKだ。NHKには、強力な研究開発力や高度なコンテンツ制作能力がある。しかし、そのコンテンツが十分に活用(開放)されていない。視聴料という、いわば国民から徴収した資金によりコンテンツが制作されているにもかかわらずだ。ただ、NHKにすべての決定権がないのも現状だ。著作権や肖像権の権利処理はかなりの困難を伴う。紅白歌合戦の出演者のわずか1人が許諾しないゆえに、その年の番組は再放送できない事情もあるようだ。再送信(二次流通)問題は、民放でも同様であるため後述する。

 NHK改革に話を戻そう。国しかできないことだけに事業範囲を再設定するための処方箋として、例えば、NHKはホールセール(卸売)をやればよい。つまり、視聴料をとるいまのBtoC(消費者)向けのビジネスモデルを改め、BtoB(民放)向けに転換する。民放は競争相手ではなく、お客様となる。ここが核心部分だ。通信業界においても、最近(2006年2月1日)、通信インフラのアクセス部分を握るNTT部門を、ホールセール機能として他から分離する案が再浮上した。同様のことだ。ましてやNHKのような国営放送局が、いつまでもアクセス系(視聴者へダイレクトに放送する機能)を堅持し続けるのは、不自然である。

 ホールセーラーとしての高質な番組を、民放は新生NHKから買い上げる。そこから先の民放ビジネスモデルは現下の広告モデルでもよし、PPV(ペー・パー・ビュー)でもよいだろう。また、パソコンや携帯電話端末で映像を配信する事業者が、将来放送事業者の代替になるような存在となれば、そこへ卸してもよい。高質な番組を自ら制作できるところがあれば、そこと競争になる。

 かくしてNHKの業務は制限されるが、国がやるべきことに絞るのが本来のNHKの使命・役割であろう。またそうなれば、NHKのこれまでのノウハウを民間企業が、ひいては国民がその恩恵として享受できるようになる。

◆再送信(二次流通)を最初から前提とした商習慣とビジネスモデルで

 さて、前述の再送信(二次流通)問題について。この問題を打開するため、放送番組をはじめとする映像コンテンツをネットワーク流通させるに当たり課題となる複雑・多様な著作権などの権利処理を円滑化する動きがある。

 例えば、総務省が行ってきた「権利クリアランス実証実験」(最終結果は2005年5月に公表)などだ。今後の実用面に向けた展開に期待したい。そして、権利クリアランスシステムは、国が運用するような性格のものではないため、実効性のあるレベルに早く引き上げ、そのシステムそのものを早く民間へ受け渡して頂きたいものだ。

 ある面この種の問題のポイントとして、今後はコンテンツ制作の時点(あるいはその前)から、コンテンツホルダー(放送局等)と権利団体(または個人)との間で合意しておけばよいのではないか。権利クリアランスシステムを介在させることも効果があるかも知れないが、両者が二次流通を前提とした、いわば通信と放送の融合を前提としたビジネスモデルを描いておくことが重要であろう。

 そのためには、これまでの慣習を改めるための軋轢が一定期間生じるだろうが、こうしておけば権利処理の問題は自ずと片付く。コンバージェンスの流れはより加速するだろうから、その時の備えになるはずだ。最後の護送船団業界といわれている放送業界が、いつまでも規制で守られた状況の延命策を取り続けると命とりになる。

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